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「これはすごい歴史的資料」本四架橋ができる以前の本州・四国の交通事情がうかがえる航路図が29万回表示&4600超いいね

中将 タカノリ 中将 タカノリ

現在、本州と四国は神戸・鳴門ルート(明石海峡大橋・大鳴門橋など)、児島・坂出ルート(瀬戸大橋)、尾道・今治ルート(瀬戸内しまなみ海道)の3つの陸路で結ばれている。

いずれも1980年代、1990年代に開通したものだが、それ以前はどのような交通手段があったのだろうか…。

SNS上では今、そんな時代の本州・四国間の交通事情がうかがえる航路図が大きな注目を集めている。

「こっこれは凄い歴史的資料だ、四国にまだ一本も橋が架かってなかった時代の航路図…( •̀д•́ ; )」

と、件の航路図を紹介したのは、はるさん(@harururun40)。

関西、中国、九州と四国を結ぶ数々の航路が書き込まれたこの航路図。見た所、年代もののようだがはたして。

はるさんにお話を聞いた。

――この航路図をご覧になった場所は?

はる:大分県・別府港の、宇和島運輸フェリーターミナルに展示されています。同日に投稿した「東亜航空(※1953年~1971年に存在した国内旅客便)」の表記があるシブい看板も、同ターミナルに設置されたものです。

――この航路図をご覧になったご感想を。

はる:現在、本州と四国との行き来は明石海峡大橋を通るルート、瀬戸大橋を通るルート、瀬戸内しまなみ海道を通るルートのいずれかを使うことが、ほぼ当たり前となっています。それらの橋が一本も架かっていなかった時代の航路図を見て、当時は船が人々の行き来や物流を支える不可欠な存在だったのだなあ…と、しみじみとした気持ちになりました。

一方で、一人の旅人としては「こことここがつながっていたら確かに便利だろうに…」と、今ではできない旅に対する憧憬のようなものも感じずにはいられません。普段は鉄道での旅をメインにしていますが、鉄道にかぎらずバスも船も全国的に路線網が縮小傾向にある中、ほんの数年前にはできた旅が気づいたころにはもう不可能になっているというパターンが多く、一抹の寂しさを覚えるのも正直なところです。

――投稿に対し、大きな反響がありました。

はる:一番多かった反響は、「宇高航路がない」「南海フェリーもない」「淡路島が孤立している」など、航路の抜けに関する指摘でした。

官公庁ではなく一事業者が作成した図と推察されるため、自社に関係のない部分は適宜省略されているのかもしれません。それを受け、当時の国鉄時刻表にあった航路図を引用してくださる方もいましたが、離島どうしの細かな航路なども含めれば、私が見た図の何倍という規模の航路が存在していたことがうかがえ、いかに船が当時の生活の根幹であったかということを実感しました。

また、「鍛冶屋原線が健在である」「中村線が土佐佐賀までしか開通していない」といった手掛かりから、だいたいの年代を推理してくださる方もいました。そういった考証が、いにしえの史料を読み解く楽しみの一つでもありますね。

   ◇   ◇

この投稿は29万回以上表示され、4600件を超える「いいね」を集めた。
SNSユーザーからは
「宇高国道フェリーとか今治三原国道フェリーとか…瀬戸大橋とかしまなみが開通したときに『景色がいいらしいよ!』って言われたけど、フェリーのほうが景色いいに決まってんだろとずっと思ってた」
「かつては下津井と宇野は交通の要衝だったんよねw知らんけど🤣」
「乗ったことのある航路の中では、阿賀〜堀江、竹原〜波方がこれには載ってないな...どちらも廃止されたけど」
など、数々のコメントが寄せられている。読者のみなさんは、本州・四国間を船で移動したことはあるだろうか?

なお、はるさんは今年、初めての写真集『はるのあおぞら』を出版。性別は男性のはるさんだが、ジェンダーフリーに自身の理想のファッションを具現化しつつ、全国各地を旅する中で撮影した写真をまとめた見ごたえある内容。興味のある方は、ぜひチェックしていただきたい。

【はるさん関連情報】
▽Xアカウント
https://x.com/harururun66
ファースト写真集【はるのあおぞら】
▽ペーパーバック版
https://amzn.asia/d/02v5MIks
▽デジタル版
https://amzn.asia/d/05lG2mIC

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