「普通に返事して」が通じない毎日
思春期の子どもは、夢中になったものを生活のあらゆる場面に持ち込むことがあります。
東京都在住のHさん(40代)が戸惑ったのは、中学2年生の息子の「ラップブーム」でした。YouTubeのラップバトルに夢中になり、学校でもクラスの一部で流行していたことから、日常会話までラップ調になってしまったのです。
「宿題やったの?」
そう聞くと、「まだまだこれから、焦るなマザー、やる気はあるからノープレッシャー」。
「お風呂入りなさい」
「あと5分、それが自分、急かされても変わらぬ気分」
「普通に返事して」と注意しても、「それじゃノれない、今日も止まれない」。
学校での出来事を聞いても、翌日の持ち物を確認しても、返事は必ず韻を踏んで返ってきます。
最初は「思春期らしい遊びかな」と笑っていたHさんでしたが、毎日続くうちに「一度くらい言い返したい」と思うようになりました。
気づけば母の方が本気に
ラップは勢いだけでは成立しません。言葉をつなぎ、韻を踏み、相手に返す語彙力が必要です。
そこでHさんは息子が見ていたラップバトル動画を見始め、さらにChatGPTにも相談しました。
「『宿題』と韻を踏める言葉は?」
「母親でも自然に返せるラップを考えて」
そんな質問を繰り返し、語彙を増やしていったそうです。
スーパーでは商品名で韻を探し、テレビのテロップを見ても「この言葉なら返せそう」と考えるようになり、気づけば息子より自分の方が夢中になっていました。
満を持して返した一言の結末
「これなら勝負できる」と自信をつけたHさん。
ある日、「洗濯物、自分の部屋に持っていって」と声を掛けました。
以前ならラップが返ってくる場面でしたが、息子は「うん、分かった」と普通に返事をします。
拍子抜けしながらも、Hさんは覚えた成果を披露します。
「持ってく部屋、任せなプレーヤー、母の頼みならすぐにクリア」
すると息子は少し困ったような顔で、
「……なにラップで返してるの?」
と一言。
「ラップは?」と聞くと、「もう誰もやってないよ」とあっさり。
ChatGPTに相談し、ラップ動画を見て語彙を鍛え、ようやく準備が整った頃には、肝心の対戦相手はすっかりラップを卒業していました。
「今でも文章を書くと、『この言葉なら韻が踏めそう』と考えてしまうんです」
そう笑うHさん。息子のブームは終わりましたが、母には思いがけず語彙力という"置き土産"だけが残ったようです。