吉本新喜劇座員の大塚澪が、初の著書『ゾンビ・メンタル』(東洋経済新報社、1760円)を出版した。
これまで数え切れないほど「怒られる側」として生きてきた経験を武器に、「怒られること」を前向きに捉える方法を綴った異色の自己啓発本だ。出版までの経緯や執筆の裏側、そして怒りとの向き合い方について話を聞いた。
――この本を出版することになった経緯は。
大塚:最初は家族のエッセイや、ファニーな読み物を書きたいなと思っていたんです。この本は「吉本出版チャレンジ」という吉本興業内での企画から生まれたもので、書類やエッセイの審査、講義を経て、最終的に出版社とのコンペで選ばれて、実現しました。
その審査の課題の中に、「自分だけの経験で、人のどんな悩みを救うことができますか?それを10本書きなさい」というものがあったんです。最初の4本くらいはパパッと浮かぶんですけど、そこから先が出なくて…。必死に絞り出して、8本目くらいに思いついたのが「私、これまで人からめちゃめちゃ怒られてきたな」ということでした。小学校の頃なんて毎日泣きながら学校に行っていたくらいで(笑)。でも、その割には明るく生きているし、怒ってきた人たちとも結果的に仲良くなれていました。
今の若い世代の中には、「上司とそもそもコミュニケーションを取りたくない」と心を閉ざしてしまう人も多いと聞きます。でも、それってすごく損しているんじゃないか、私のこの泥臭い経験が、そんな人たちを救うヒントになるかもしれない、と思ったのがこの本の原点です。
――『ゾンビ・メンタル』というタイトルも非常にキャッチーです。
大塚:出版社の方と何度もやりとりを繰り返す中で生まれたタイトルです。最初は、懐が深くもあり強さもあるという意味を込めて「懐柔メンタル」はどうかなと考えていました。でも、私の本はネガティブに持っていくブラック心理学の本ではなく、「弱い人が何度でも立ち上がる」という内容なので、“ゾンビ”というキーワードが出てきて、この言葉はしっくりくる!となって決まりました。
――一般的なアンガーマネジメント系とは少し視点が違いますね。
大塚:そうですね。怒る人ではなく怒られる人がどう立ち直るかを書いています。読者には20代前半の新社会人や、会社でまだ下積みの人を一番イメージしていました。吉本新喜劇も下積みが長い世界なので、自分自身の経験を書けたと思っています。
――執筆は順調でしたか。
大塚:大変でした(笑)。文章を書くのは嫌いではなかったですが、書いていくうちに自分でも目標が分からなくなってしまって。だからコピーライティングや経営者の本など、本当にたくさん読みました。特に『コピーライティング技術大全』(神田昌典・衣田順一著、ダイヤモンド社)はメモを取りながら読み込みました。同じ意味でも言葉の選び方一つで伝わり方や感じ方の温度が変わることを学べたのは大きかったですし、自分が書きたい事をこういう風に表現すればいいのかと正解が出た感じがしました。
――文章にもかなりこだわったそうですね。
大塚:編集者さんから「日本語として直したら正しいけれど味がなくなる部分もある」と言われたんです。芸人らしい言い回しを残すかどうか、その取捨選択は悩みました。本は言葉が残るので、芸人さんとのエピソードを書く時も、誤解を生まない表現を意識して何度も書き直しました。
――本中には、吉本新喜劇の先輩方とのエピソードもたくさん出てきますね。
大塚:全員に許可を取りに行きました! その時に先輩や仲間からいただいた意見が、私にとってものすごく大きな学びになったんです。
普段、私たちが舞台やバラエティでエピソードトークをする時って、多少話を盛ったり、面白い切り口にしたりして、その場の空間をギャーッと盛り上げますよね。たとえ誇張があっても、目の前で「おい、ちょっと違うがな!」ってツッコミが入れば笑い話になります。でも本は違います。私の声のトーンも、見た目も知らない人が、文字だけで受け取る。もし書かれた相手が後から「いや、事実は違います」と言った場合、読者から見れば私がただ、嘘を書いたことになってしまう。
「文字として残るものは、誤差が出ることをちゃんと理解して、繊細に人の話を書かないといけないよ」と言われて、本当にその通りだと頭を殴られたような衝撃を受けました。そのアドバイスで、原稿を大きく書き換えた部分もあります。一生懸命、本が良くなるようにアドバイスをくださった先輩方には感謝しかありません。
――この本はどういった層に向けて書かれたのですか?
大塚:いちばんは、会社のいわゆる平社員や下っ端と言われたりする立場の人たちです。吉本新喜劇も、歴史ある縦社会で、先輩方がたくさんいらっしゃいます。その中で私が上にいくには相当な時間がかかりますし、下っ端の期間がめちゃめちゃ長い。私自身がまさにその立場だからこそ、20代前半の会社に入りたてで「上司とうまくいかない」と悩んでいる人のヒントになればと思って書きました。
ただ、出版されてから意外な反響があって驚いています。今、習い事を頑張っている小学生、中学生が「面白い!」って読んでくれているみたいです。
この本を読んだ子が「先生に怒られても強くなれる!」と言ってくれているらしくて。難しい言葉をあえて使わず、漢字も少なめにしたので、小学生でも一所懸命読んでくれている。それは本当に嬉しい誤算でした。
――一番伝えたかったことは?
大塚:“怒られて終わり”ではなく、“怒られてから良い関係が始まる”ということです。たくさんの先輩芸人さんに話を聞く中で、「怒られていたのは自分だけじゃなかった」と気づけたことも大きかったですね。プライドを捨てたほうが楽になることは、みんな頭では分かっています。でも実際には難しい。そのやり方を、この本には書いたつもりです。
編集を担当してくださった方が、伝えたかった部分に青い線を引いて構成してくださったので、活字を読むのが苦手な方は、その青の部分だけを追うだけでもめちゃめちゃスピードアップして読めると思います(笑)。
個人的にはゾンビ・メンタルという言葉を、ぜひ流行語にしたいです!「あいつ、マジでゾンビメンタルやな」って、褒め言葉として使ってもらえるように(笑)。
大塚澪(おおつか・れい)
1997年3月12日、埼玉県生まれ 168cm /58kg 吉本新喜劇の女優。2017年、吉本新喜劇金の卵9個目オーディションに合格し入社。特技のオペラと音楽の知識、大学時代に学んだ演劇の演出法を組み合わせ、独自の表現として亀甲縛りオペラを編み出し、テレビ出演を果たす。型にはまらなかった学びと経験をそのまま舞台に持ち込み、新喜劇の中で唯一無二の存在感を放っている。インスタグラムhttps://www.instagram.com/otsuka_rei/