「猫伝染性腹膜炎(FIP)ではないのに、FIPの薬を飲まされ続けている猫さんがいます。しかも、少なくありません」
そう投稿したのは、YouTubeチャンネル「令和の虎」にも出演、千葉県で診療を行う獣医師・獣医させっち先生(@juui_sase)だ。近年、FIPは「治療できる病気」として広く知られるようになった。かつては致死率が高く、有効な治療法がないとされてきたが、抗ウイルス薬の登場により救命例が増加。希望の光が差したことは間違いない。
しかし、その“希望”が別の問題を生んでいると、させっち先生は指摘する。
「FIPかも」から始まる“結論ありき”診断
投稿によれば、最近「FIPかもしれない」と他院で診断され来院する猫の中に、実際にはFIPではないケースが少なくないという。
「腹水や胸水があると、どうしてもFIPが頭をよぎる。そして“モルヌピラビルを飲ませましょう”という脳内反射が起きてしまうことがあります」
実際にあった例として、
・妊娠猫をFIPによる腹水と診断
・避妊手術後の腹腔内感染
・リンパ腫などの腫瘍性疾患
・心疾患による胸水
・抗体価が高いという理由だけでFIPと判断
といったケースを挙げる。
「お腹が膨らんでいる → FIPかもしれない → 抗ウイルス薬を出す。ここまで来ると診断ではなく思い込みです」
FIPは確かに腹水や発熱などを伴うことがあるが、それらはFIP特有の症状ではない。にもかかわらず、FIPという言葉に引っ張られ、鑑別が不十分なまま高額治療に進む例があるという。
なぜ誤診が増えているのか
背景には、ここ数年の大きな変化がある。新型コロナ研究を契機に、関連抗ウイルス薬がFIPに有効であることが広まり、国内でもFIP診療に取り組む病院が増えた。これは救命の可能性を広げたという点で「大きな前進」だと先生も評価する。
しかし同時に、
・FIP診療の実地経験は多くの病院で十分とは言えない
・「治療できる」という情報だけが先行
・高額治療であるため経営的にも注目されやすい
といった事情が重なり、「診断より治療が先に立つ」構造が生まれていると見る。
「本来は“FIPかどうかを慎重に診断する”べきなのに、“FIPの可能性が高いから治療しよう”にすり替わってしまうことがある」
本来あるべき診断プロセスとは
では、FIPを疑う場合、何が必要なのか。先生は「まずFIPでない可能性を探る」と語る。
腹水や胸水があれば、腫瘍・心疾患・肝疾患・感染症・術後合併症などを除外する必要がある。血液検査、画像診断、体液の性状評価など複数の情報を総合的に判断する。
「超音波検査は何百万円もする機器です。腹水の有無だけを見る“確認装置”にしてはいけない。腹腔内臓器を丁寧に評価することが大前提です」
さらに、診断が固まる前に安易に抗ウイルス薬やステロイドを使うと、その後の判断が難しくなることもあるという。
「迅速さは必要ですが、迅速さと雑さは別物です」
飼い主ができること
投稿には、「検査前に投薬が始まった」「実はがんだった」という体験談も寄せられた。飼い主は「もしFIPなら急がないと」と焦る。先生はその気持ちを理解しつつ、こう助言する。
・「なぜFIPと考えたのか」
・「他の病気はどう除外したのか」
・「治療がうまくいかなかった場合どうするのか」
を具体的に質問してほしいという。
「“この薬を飲めば治ります”と言い切る病院には注意が必要です。FIPはそんなに単純な病気ではありません」
治療実績の数字だけでなく、難航例や再発時の対応まで説明できるかが重要だとする。
“治せる時代”だからこそ慎重に
FIPは確かに治療可能になった。救える命が増えたのは事実だ。だが、だからといって「雑に疑ってよい病気」になったわけではない。
「治療できる時代になったからこそ、診断はもっと慎重であるべきです。本当に必要な猫に、適切なタイミングで適切な治療が届くことが一番大事です」
SNS時代、情報は一瞬で広がる。希望も、焦りも。その中で問われているのは、スピードよりも丁寧さなのかもしれない。