同志社の創立者・新島襄(1843~90年)ゆかりの平安教会(京都市左京区岩倉)が、今年12月で創立150年を迎える。京都有数の歴史を持つキリスト教会と新島はどういう関係なのか。同教会の小笠原純牧師(62)に聞いた。
1876年、京都に「第一公会」「第二公会」「第三公会」という三つの教会が産声を上げた。その前年、米国帰りの新島がキリスト教主義に基づく「同志社英学校」を作ったことがきっかけで、京都でも新島らの伝道を受け信徒となる者が増えたからとされる。
76年12月10日、新島が司式する中、8人が第三公会で洗礼を受けた。第三公会はやがて平安基督(キリスト)教会と名を変え、平安教会へと至る。同教会では現在でも12月10日を創立記念日としている。
同志社や新島とのゆかりは今も受け継がれているのか。小笠原牧師は「新島から洗礼を受けた人の子孫が今も信徒でおられます」と話す。さらに同志社大、同志社女子大の教授も信徒になっているほか、小笠原牧師が同志社女子大に出かけて、教えを説くこともあるという。牧師自身も同志社大出身だ。
新島との縁の深さは人間関係だけではない。最も重要な点は新島が残した精神が今も脈々と教会に継承されていることだ。小笠原牧師は新島が残した言葉「自由教育 自治教会」「一人一人が大切」を紹介する。
二つの言葉について小笠原牧師は「(新島は)『独立心を持った人の個性を伸ばすことは、とても重要なことだ。一人一人を大切にしないといけない』と言っているわけです」と解説する。信仰を持った一人一人が当事者として主体的に教会を組織し、運営する―。この考え方は現在の教会にも生きているという。
明治のキリスト教排斥、昭和の第2次世界大戦という苦難を乗り越え、教会は1973年に中京区烏丸通三条上ルから岩倉へと移転し、信仰を守ってきた。
現在、平安教会は次代に向けた大規模改修の費用を募るためにクラウドファンディング(CF)を実施中だ。小笠原牧師は「新島襄が求めた世界を、教会という場を通して私たちも求めていきたい。自由で明るく思いやりのある教会を目指したい」と改修後を見据えている。
CFへの支援は、3月9日まで京都新聞社が運営する「THE KYOTOクラウドファンディング」で受け付ける。