「まさか、自分の身に起きるとは思いませんでした。子どもが無事に生まれるのは、当たり前じゃないんだなと痛感しました」
そう話す母親・由梨(ゆうり)さんの息子・こうちゃんは生後間もなく、「乳幼児突然死症候群」になった。
命は奇跡的につながったが、人工呼吸器や痰の吸引などが必要な医療的ケア児になったという。
生後3日目の息子を襲った「乳幼児突然死症候群」
由梨さんは妊娠中に切迫早産となり、3~4ヶ月入院。2019年2月、こうちゃんを帝王切開で出産した。
産後3日目、授乳を終え、眠るこうちゃんを抱いていると、爪が赤紫色になっていることに気づく。看護師に状況を伝えると、すぐNICU(新生児集中治療室)へ。運ばれていく時には手が、だらんとしていた。
こうちゃんは、乳児が睡眠中に突然亡くなる「乳幼児突然死症候群」になり、心肺停止状態だったのだ。
「その日は、初めての母子同室でした。ミルクが喉に詰まったわけではなく、遺伝子検査での異常も見られず、原因は不明です」
なんとか命をつなぐことはできたが、長時間の低酸素状態により、脳が損傷して意識不明の状態に。医師からは臓器提供への意思確認をされた。
「同意はできませんでした。ギリギリでも生きてくれているのに、親の自分が命を奪って他の人を助けることを選ぶのは難しかったです」
医療用ロボットスーツ「HAL」で“息子の自我”を見られた日
入院中、こうちゃんは体の一部が動くことがあった。医師からは、本人の意思に関係なく体が動く不随意運動と言われたが、由梨さんは納得できず。病院から帰る時に涙が出るなど、「反射」と呼ぶにはあまりにもタイミングがよかったからだ。
意識があるのではないか…。そんな想いを抱えていた時、知ったのが、歩行機能の改善を目的に開発された、医療用ロボットスーツ「HAL」。HALは、装着者の「動かしたい」という意思に従って動作をアシストする。
使ってみたい。でも、高いんだろうな。そう悶々としていたある日、スマホで調べものしていると偶然、HALでのリハビリに取り組む「ロボケアセンター」の情報が現れた。
運命的なものを感じ、由梨さんはセンターへ連絡。すると、初めて我が子の未来に希望が持てる言葉をかけてもらえ、HALを使うリハビリを受けたい気持ちは、より高まった。
「当時、周りは誰も息子の回復を期待しておらず、人形のように扱われることもありました」
準備となるリハビリを経て、こうちゃんは2歳半の時、HALを使用。こうちゃんが足を動かしてくれたため、由梨さんは「息子には意識があり、自我もある」と感じた。
「この子は伝えることが難しいだけで、分かっていると実感でき、見える世界が変わりました。息子への周囲の態度も変わりました」
医療的ケア児の親になって知った“事業所選びの難しさ”
HALでのリハビリもあってか、こうちゃんは首が半分座り、腰を持つと座る仕草を見せてくれるようになったそうだ。由梨さんは似た状況の人に希望を与えたくて、我が子との日常を発信している。
我が子が医療的ケア児になると、初めて知ることがたくさんある。由梨さんは、医療的ケア児を受け入れる事業所選びの難しさを知った。最初に通っていた事業所は人手が足らず、リハビリは1週間に1回しか受けられなかったという。
リハビリの頻度は時に、2週間に1回になることも。由梨さんは我が子の体が硬くならないよう、実費でリハビリや小児向けの鍼治療などを行ったため、家計は苦しくなった。
「その後、人手が多く、リハビリが充実している事業所に入れたので、今は保険適用内でリハビリや訪問看護サービスを受けられています。医療的ケア児の親にとって本当に頼れる事業所が増えてほしい」
「自分だけでケアする」の責任感で心が苦しくなって…
頼れる存在がいるという安心感は、医療的ケア児の親にとって大きな支えとなる。親側は、セルフケアにまで手が回らず、心が限界になってしまうことも多いからだ。実は、由梨さんも心が苦しい時期があった。
「何が起きても対応できるよう、ずっとそばにいました。そういう生活を続けていたら、人と話す時、涙が溢れてくるようになって…」
それを機に周囲の協力も得て、我が子との向き合い方を見つめ直した。
「夫や訪問看護師さんに息子を任せ、家事を外注して、気持ちを切り替える時期を作りました。今は定期的に息子を夫に預けてマッサージに行ったり、短期入院(レスパイト)を利用したりしています」
夜は支援の手を借りることが難しいため、由梨さんは日中、訪問看護師にケアを任せて体力を温存してもいる。
「医療的ケア児がいる家庭では、お父さんが置き去りのまま、お母さんが我が子のケアに集中し、互いの気持ちがすれ違うことも多いと感じます。私自身も夫と話し合い、連携することの大切さを学びました」
「最期のギリギリまで我が子に愛を注ぎ続けたい」
セルフケア以外にも、医療的ケア児の親は様々な悩みを抱える。例えば、就労。由梨さんも、在宅ウェブデザイナーという職に就くまで苦労した。だからこそ、自身の働き方を発信。会社員以外の働き方もあると伝えている。
また、由梨さんは保険適用のありがたみを痛感する一方で、障害や難病がある子どもがいても普通に暮らしていけるよう、福祉制度の在り方が見直されることを願っている。
医療的ケア児に限らず、障害者や難病者が暮らす上で必要な装具や一部のリハビリなどは、医療保険の対象外になるケースがあるからだ。
「正直しんどいと思う時はあるけれど、最期のギリギリまで、『あなたをすごく愛してるから、そばにいたいんだ』と伝わるくらいの愛情を息子に注ぎ続けていきたいです」
医療的ケアは、生きていくための工夫。障害があったとしても、生きているんだから息子はラッキーボーイ。由梨さんは、そう笑う。
明確な原因が解明されていない乳幼児突然死症候群は、防ぐことが難しい。だからこそ、由梨さんは自分たちのようなケースもあることを知り、必要な知識を頭に入れておくことが大切だと話す。
「私は息子と一緒に、今の暮らしを楽しみたい。息子は脳障害の重さが目に現れているので、見慣れない方からは怖いという声が寄せられることもありますが、そういう世の中の空気も“知ってもらうこと”で変わると思うんです」
医療機器に囲まれていても、寝たきりであっても、そこにはたしかにひとりの子どもの人生がある。医療的ケア児と生きる家族が孤立せずに生きていける仕組みを、社会や地域全体で考えていきたい。