パパ活という言葉が世に知れ渡り、ずいぶんの時が経ちました。何事も「活」をつけると少し軽めのニュアンスに聞こえますが、要するに援助交際のこと。今や街中やネットで、人々が当たり前のようにこの単語を発する現実に、驚く人も多いでしょう。
パパ活の方法は多種多様になり、SNSでパパ(支援者)を募集する女性たちの姿もあるほどです。「プチ0.5」や「大人1.5」と、みなさんはネットに溢れるパパ活専門用語を見た経験があるでしょうか。
全国各地に存在する、隠語を使ってパパ活する女性たち
まずはパパ活専門用語の意味を説明しましょう。「プチ0.5」は口や手で性的なサービスをおこなう報酬が5000円という意味で、「大人1.5」は実際に肉体関係をおこなう報酬が1万5000円という意味です。
基本的にホテル代は別で、手取り5000~1万5000円が現在の相場だそうです。これ以上高いとお客がつきづらく、さらなるサービスを求められます。
なぜ隠語を使うかというと、慣れた男性は専門用語を理解しているため、検索の際に的を絞れるからです。露骨なワードを使うとSNSのアカウントが凍結されてしまう可能性が高く、リスクが高いのも隠語が用いられる理由の1つでしょう。
手軽に相手が見つけられるというメリットがあるものの、爆発的に稼げる方法ではなく安定を図りづらいのがデメリットです。リスクを負う代わりに自由度を優先したい女性たちは、SNSでのパパ活に勤しむようです。
その日のお金もないんで、すぐほしいんです
現在もSNSでパパ活をおこなうエリナさん(仮名・30歳)とアポが取れ、話を聞きました。取材を受ける代わりに前払いでお金がほしいとのことだったため、電子マネーで取材費を送金します。その後「ぶっちゃけ、お金に困ってますよね」と私が聞くと、「困ってなかったら取材受けないです」と言われてしまいました。(※こちらの発言は本人に掲載許可をいただいています※)
エリナさんは関東圏に住み、もともと昼間働くOLでした。会社がブラックで精神疾患を発病し、やむを得ずに退職。その後は生活のために風俗店で働きましたが、お店のルールや指名のプレッシャーから再び心を傷める日々を送ることになります。やりたくない仕事を頑張るのがツラく、一時期はあちこちのエリアで入退店を繰り返していたそうです(以下『』内、エリナさん談)。
『べつにブスでもないから面接落ちしないんですよ。選択肢が多いぶん転々としまくっちゃって気分で当欠したり、飛んだり。勤怠が悪すぎてクビになったこともあります。かと言って、昼職に戻るのも怖い。モヤモヤしてたところ、前の店が同じだったコから援デリ(店の人間が出会い系サイトやSNSで男性客を捕まえ、女性が連絡を取った張本人と偽って働く違法店のこと)の誘いを受けました。出勤も自由だし、指名を返す必要もない。“出たい時、前日に連絡くれたらいい”というユルさだったので、すぐに働き始めました』
ただ、援デリはユルくとも手取りの何割かを店の人間に渡さねばなりません。エリナさんが働いたところは完全折半だったせいで、働いてもあまりいいお金にはなりませんでした。
『取引金額が相手によって異なるんですけど、安い客に連続した時はもう給料が安すぎて。それなら自分でやった方がいいかも、となってSNSパパ活を始めました。とは言ってもこれだけでは生活が怪しいので、援デリと掛け持ちしています』
SNSでのパパ活歴は約2年。定期的に会う男性もいますが、基本はその日暮らしだそう。“アタリ”の日もあれば、“ハズレ”の日もあり波は読めません。今まで危険な目に遭ったことはないものの、やはりお金を出し渋られるなどの金銭トラブルは少なくないそう。また、お店で出会ったお客さんとSNSで出会った人物が全く同じで気まずい思いをしたこともあるとか。
『そろそろ社会復帰しないとヤバイと思いつつ、メンタルが安定しないのでずっとこんな気まぐれ生活を続けてます。世間は立ちんぼとかパパ活を蔑んだ目で見るけど、店で働けない、昼職もできないコにとっては必要なんですよ。私みたいなタイプ、知られてないだけで結構いますからね』
エリナさんは「今後もこの仕事を続ける予定もないけど、スパッと卒業できる見込みもない」と、重々しく呟くのでした。
ラクな小遣い稼ぎだけを目的する人がいる一方で、彼女のように人生立ち止まった女性も紛れるのがSNSパパ活。深部を覗くと複雑な事情が絡み合っているようです。ただ、お店という囲いがない中での個人活動は極めて危険なもの。今後はどんなトラブルが起きるかは誰も予想がつきません。
パパ活や違法風俗が横行する背景には、「労働そのものが難しい人々」の苦しみが必ず潜んでいるのでした。
◆たかなし亜妖(たかなし・あや)
元セクシー女優のシナリオライター・フリーライター。2016年に女優デビュー後、2018年半ばに引退。ゲーム会社のシナリオ担当をしながらライターとしての修業を積み、のちに独立。現在は企画系ライターとしてあらゆるメディアで活躍中。