友人との出会いと別れは、時に人生を形づくるほどの原体験になります。それが「初めての友達」であれば、なおさら忘れがたいものとなるでしょう。
そんな体験と自身の成長を描いた、やませちかさんの漫画『小学校がつら過ぎた昭和生まれのある漫画家の話』と『ぼっちから救ってくれた、ただ一人の友達が転校するお話』が、特に当時の学校を知る世代から共感を集めています。
物語は、作者が生まれた昭和の時代について「多様性」などほぼ存在しなかったと振り返るところから始まります。父子家庭で幼稚園に通わず育った作者にとって、小学校はあまりにも過酷な場所でした。多くの子が幼稚園出身で、すでに友達同士の輪ができている中、一人遊びが当たり前だった作者は、学校のあらゆる場面で孤独とみじめさを感じていたといいます。
また小食だったため、食べ終わるまで席を立つことが許されない給食の時間も苦痛でした。運動が苦手で気も弱く、人との関わりを避けるように図書室に逃げ込んでいましたが、それも担任に見つかってしまいます。
厳しい祖父母の存在もあり、逃げ場のない日々の中で、作者が落ち着けた場所は「学校の隅にある花壇」でした。「私は一人がいいんだ」と思い込もうとしながらも、「本当は友達がほしい」と葛藤していたある日、作者に声をかけてくれたのが、初めての友達となる「さっちゃん」でした。
「今日さ学校終わったら一緒に遊ぼ?」というさっちゃんの一言で、作者の世界は一変します。兄同士が仲良しだったことをきっかけに生まれた友情でしたが、「その日から私の世界は輝きだした」と作者は語ります。これまで頭の中で一人二役をしていた作者にとって、反応を返してくれる存在ができたことは何より嬉しかったのでした。
そんな中、遊びに行ったさっちゃんの家で出会った、生まれて初めての漫画『ミラクルガールズ』は作者に強い衝撃を与えます。2人でミラクルガールズごっこをしたり、漫画を描いたりするようになり、これが作者にとって漫画を描く原点になったといいます。
しかし、楽しい日々は突然終わりを迎えます。さっちゃんの転校が決まり、作者は大きな喪失感に襲われました。「さっちゃんがいたから、重たい教室の空気を吸えるようになった」と振り返るほど、作者にとって彼女はかけがえのない存在だったのです。
再び「ぼっち」に戻った作者でしたが、さっちゃんが残してくれた勇気を胸に、漫画を描くクラスメートに声をかける...物語は、そんな小さな一歩で締めくくられています。読者からは「給食は自分も同じ仕打ちを受けましたね…」や「多様性って言葉自体がなかった時代でしたよね」など同様の経験をしたという共感の声が多く寄せられています。
そこで、作者のやませちかさんに同作について話を聞きました。
漫画の世界を教えてくれたさっちゃんのことはずっと描きたいと思っていました
ー 同作を描かれたきっかけを教えてください。
このエッセイは自分が生まれてから漫画家になるまでを描いていくので、一番最初に漫画の世界を教えてくれたさっちゃんのことはずっと描きたいと思っていました。自分を振り返る上で欠かせない大事な友人でした。
ーさっちゃんが転校後、ご自身が「成長した」と感じられたのはどんなところですか。
自分から人に声をかけられるようになったことが大きな成長だと感じています。
漫画を好きな子と仲良くなりたくて、教室で好きなアニメの下じきを持っている子がいたらいつ話しかけようかとそわそわしていました。
―普段も同作のようなエッセイ漫画を執筆されているのでしょうか?
エッセイ漫画以外では、KADOKAWAにて『宝石商のメイド』という漫画を連載しています。どちらも完結目指して今後も描き進めていきますので宜しくお願いします。
<やませちかさん関連情報>
▽KADOKAWAで連載中『宝石商のメイド』試し読み
https://comic-walker.com/detail/KC_001268_S
▽書籍『宝石商のメイド』(Amazon)
https://amzn.asia/d/bJAqiQE
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