見た目から病気が分かりにくい内臓疾患者にとって、就労の壁は高いのが現状だ。中でも、生まれつき心臓に障害がある先天性心疾患者は「心臓」という重要な臓器に障害があることから、「採用するにはリスクが高い」と思われやすい。
心臓血管外科医の立石実さんは、そうした問題を解消したいと思い、2025年9月に「プラス・ハート・カフェ」というイベントを開催。
当事者やその家族だけでなく、医療従事者や企業、行政就労も巻き込んで就労の悩みを話し合える場を設けた。
「先天性心疾患者の就労問題を解決したい」と願う心臓血管外科医の挑戦
立石さんは心臓血管外科医として25年間、先天性心疾患者と関わってきた。その中で感じたのは、当事者の就労に関する悩みが深刻なこと。先天性心疾患の症状は個別性が大きいが、企業側からは「心臓病=採用するのが怖い」と思われやすい。
また、当事者は採用面接の場で悩む。病状やできること・できないことを具体的に説明する力が求められるが、「疲れやすい」「階段を登るのがしんどい」「重いものが持てない」といった、健常者も感じることがある症状を“病状”として説明することはなかなか難しい。
「だから、どう説明すれば正しく伝わるのかを話し合え、経験者の成功談・失敗談を共有できれば、当事者の就労支援に繋がると思ったんです」
立石さんは当事者だけでなく、雇用側の心臓病に対する捉え方も変えたかった。そこで、当事者間の繋がりだけでなく、企業と当事者の繋がりも生み出せるイベント「プラス・ハート・カフェ」の開催を決意する。
「先天性心疾患があっても、自分にできることや強みを見つけて“プラス”にすることを学べる場を設けたかったし、医療従事者や福祉関係者、企業、行政の方と繋がって、よりよい環境で働ける方が増えてほしいと思いました」
先天性心疾患があるインフルエンサーの協力も得て、イベントを開催!
イベント開催にあたり、立石さんは「一般社団法人 全国心臓の子どもを守る会」に協力を依頼。ただ、一番来てほしい中高生や大学生の当事者への告知の難しさに悩んだ。
そんな時、力になってくれたのが、先天性心疾患者のインフルエンサーたち。彼らによってイベントの情報はSNSなどで拡散され、当日はなんと100名以上の参加者が集結した。
「現地には参加者とサポーターを合わせた52名が来てくださり、オンラインでは54名の方が参加してくれました」
参加者は、グループに分かれて対話し、「わたしのトリセツ」を完成させるというワークショップに取り組んだ。
「ただ話を聞くだけの会ではなく、誰かの話を聞く中で自分の強みを見つけ、自分のことを言葉で説明できるようになる参加型のワークショップにしました」
もうひとつ、立石さんがこだわったのは、できるかぎり親を介さずに当事者同士で交流できるようにすること。いずれ独り立ちして社会で生きていかねばならない時は来るからこそ、自立の重要性を学べる場にしたいと考えたからだ。
イベントでは、先天性心疾患と付き合いながら働く当事者の方に講演も行われた。
「誰かの体験談を聞く中で、当事者だけでなく、親御さんにも自立の大切さを知ってもらいたくて」
結果的に大成功となった、このイベント。立石さんは先天性心疾患者が就労支援を必要としていることを改めて実感し、障害者就労支援の課題がよりはっきり見えたと感じた。
「合理的配慮が叫ばれるようになっても、通院のために有給を消化しなければならない現状はそのまま。障害者雇用枠での就労は賃金が低い、キャリアが築きにくいなどのデメリットがあります。でも本来、就労って生きがいや幸せを生み出すことに繋がるものだと思うんです」
働くことは、生きること。そう考える立石さんは今後も当事者への就労支援を継続していくため、任意団体「プラス・ハート・カフェ」を設立した。
就労のキーポイントは「持病を正しく伝える力を身に着けること」
先天性心疾患児の親は、我が子を思うがゆえに過干渉気味になってしまうことも少なくない。だが、そうした愛ゆえの行動が子どもの自立を妨げ、就労の壁を生み出してしまうこともある。
なぜなら、親が過干渉気味になってしまうと、子どもは病状などを自分の言葉で相手に伝える機会を失ってしまうからだ。
「社会的に自立している大人の先天性心疾患の方は、病気についてご家族が子どもにきちんと伝え、本人が病気を自分ごととして捉えているという共通点があります」
立石さんは、様々な親子関係を見てきたからこそ、当事者が“自分の口で持病を語ること”の大切さを訴える。
「分かってほしいと思っていても、言葉にしなければ相手には伝わりません。どうやって言葉にすればいいのかは難しいから、ワークショップでの対話を通して、少しずつ力を身につけていってほしいです」
ただ、我が子が持病を正しく理解するには、親のサポートは必要。ほどよい距離で我が子をサポートするには、小学生になったら診察室では本人が医師と話す、小学校高学年ぐらいからは検査や治療の選択を一緒に相談して決めるなど、年齢に応じて支援の仕方を考えていくことが大切だ。
「思春期には様々な葛藤があると思うので、支えてあげてほしい。そして同時に、社会に出て周囲に持病の説明しなければならない日のために、まずは学校で、どれぐらいまでの関係性の人に、どんなことを伝えるのかを練習してほしいです」
同じようなワークショップの開催が様々な疾患の方の間でも行われてほしい。そう話す立石さんは今後も様々なイベントを開催予定だ。
「女性同士で妊娠・出産などについての知識や悩みの共有をするような女子会や、親になった当事者の会も開催したいです。プラス・ハート・カフェがハブとなり、当事者間のピアサポートが活発になってほしい」
社会全体が障害者雇用を推進する流れになっている今、「プラス・ハート・カフェ」のような参加型のワークショップは、他の障害と生きる人にとっても必要な場だ。
「ひとりで悩まず、色々な人に相談してほしい」と当事者に語りかける立石さん。その想いと共に、大人になれた先天性心疾患者を取り巻く就労の現実が広く知られてほしい。