今から4年前、キジトラ猫の「えっちゃん」(女の子)は1年に及ぶ暗く狭いケージでの生活を脱し、Xユーザー・Yさん(@kirayuraerakura)家族の一員になりました。当時の推定年齢は1歳7カ月。何度か出産した経験があったといいます。
ペットロスの中、出会った“軟禁状態”の猫
当時、飼い主さんはもうすぐ16歳を迎えるところだった愛猫を亡くし、生きる気力を失っていました。毎日、知らぬ間に涙がこぼれる日々。そんな姿を見守っていた娘さんは、いたたまれなくなり、ある行動に出ます。
「娘が、里親募集サイトで見つけたキジトラ猫の写真を見せてくれたんです。とても不思議なのですが、ひと目で感じるものがありました。人馴れしていないとのことでしたが、かまわず会いに行くことに。それが、えっちゃんだったんです」
えっちゃんは、ボランティアさんが保護した経産婦の成猫でした。保護された子猫たちは新しい家族に迎えられたものの、えっちゃんだけが1年近くものあいだケージの中に閉じ込められていたといいます。
「成猫かつ経産婦でもあったえっちゃんは、なかなか里親さんが見つからなかったようです。ずっとケージの中で過ごしていてーーまるで軟禁状態でした。自分が産んだ子を里親さんのもとへ見送る一方で、次々と保護されてやって来る子猫たちのお世話をしていたそうです。ボランティアさんはえっちゃんの里親募集をしていましたが、何かと役立つえっちゃんのことを手放したくない様子でした」
飼い主さんは、長く狭い空間に閉じ込められてきたえっちゃんを前に、胸が締め付けられる思いだったといいます。
「『え…1年近くも歩いてないの? あんまりだ!』という思いでいっぱいになり、言葉になりませんでした。ただただ自由に歩かせてあげたい、自由に暮らせるようにしてあげたい。その一心で『お迎えします!』と、なかば強引だったかもしれませんが、えっちゃんを連れて帰りました」
人間を警戒するえっちゃんーー緊張が解けたきっかけとは
お迎え当初、えっちゃんはとても警戒していました。それでも、飼い主さんは寄り添い、優しく見守り続けたといいます。
「小さな子猫のとき、外での過酷な暮らしに耐えて、1歳になる前に出産。どれほど大変な日々だったでしょうか。えっちゃんが警戒する姿を見て、『子猫をこうして守ってきたのだろうな』と思いました。はじめはケージの中で過ごしてもらいましたが、我が家は猫が自由に暮らせる環境を整えていたので、その後はケージの入り口を開け放し、えっちゃんが思うままに過ごしてもらいました」
えっちゃんは、飼い主さんが思うよりずっと早くケージの外へ出てきました。初めは洗濯機の奥やキャットタワーの裏など、あちこちに隠れていたといいます。
「私は、そっと見守りながら見て見ぬふりをしました。えっちゃんは、思うままに動き回っているうちに、自分で居場所を見つけていったんです。それでも、人間に近寄られるのは絶対NG。きっと怖い思いをたくさんしてきたのでしょう」
飼い主さんは普段通りに生活し、えっちゃんも行きたいところへ自由に移動。そんな暮らしが続きました。知人からは「懐かない、抱っこできないなんて飼っている意味あるの?」と言われたこともあったそうです。それに対して、飼い主さんはこう答えました。
「『いいんです。人間の都合ではないんです。飼ってるんじゃなくて、家族になったんです』と伝えていましたね。えっちゃんが落ち着いて、のんびり自由に暮らしてくれれば、それだけで充分満足。そのためにお迎えしたのですから」
そうして半年ほど経った頃、えっちゃんの様子に変化が見られました。きっかけになったのは、生後1カ月の保護猫「くう」くんを迎えたことだったそうです。
「えっちゃんの表情や仕草が、あきらかにやわらかくなったんです。子育てをしてきたえっちゃんにとって、くうのお世話はお手のもの。初めて会ったときから威嚇や警戒もせず、我が子のようにくうのお世話をはじめました」
以前と異なるのは、子育てもえっちゃんの思うように、自由にできるようになったこと。飼い主さんは微笑ましく思いながら、そっと見守り続けました。
「くうが心の支えとなったのか、えっちゃんは穏やかにのびのびと暮らすようになりました。えっちゃんにとって、くうは“救いの子”になったのだと思います」
“菩薩”と呼ばれるようになったえっちゃん
えっちゃんは今、6歳を迎えました。とても穏やかで優しく、ふっくらとした姿は幸せの証といえそうです。
「えっちゃんは、菩薩のような微笑みをたたえる美女なんです。みなさんから『菩薩のえっちゃん』と言っていただき、うれしいかぎりです。安心して暮らせるようになったからか、ちょっぴりふっくらしました。まだ抱っこはできませんが、すぐ横の座布団に座ってくれたり、えっちゃんが指定する部位なら撫でさせてくれるようにーーゆっくりではありますが、この生活に馴染んでくれているように思います」
体に触れるまではまだハードルがありますが、心境の変化は明らかにあったようです。そのことについて、飼い主さんは「心は目を見ればわかります」と語ります。
「心は開いてくれているのがわかります。とても優しい瞳で見つめてくれるのです」
子猫のように最初から人懐こくないとかわいいと思えない、懐かない猫は意味がない。飼い主さんはそうは思わないといいます。時間をかけて信頼関係を育む過程にこそ、大きな喜びがあるのだと話します。
「三歩進んで二歩下がる。ほんの少しの前進が大きな喜びになる。その幸せは、何ものにもかえがたいです。成猫は里親さんが見つかりにくいと聞きます。もちろん子猫時代を知らないのは残念ですが、成猫もとてもかわいいです。努力の積み重ねが信頼関係を築き、小さな変化を大きな充実感や幸福感へとつなげてくれるように思います。成猫さんたちが温かいおうちに迎えられるようにーーそう祈っています」
今は、優しい飼い主さん、そして我が子のようなくうくんとともに、のびのびと暮らすえっちゃん。これからも変わらぬ幸せな日々を過ごしていくことでしょう。
「長いケージ生活を経て、ようやくつかんだ自由。えっちゃんの“菩薩のような微笑み”は、過去を乗り越えて手にした穏やかな今を物語っているようです。その姿は、同じように“待っている子”たちへの希望にもなるのではないかと思います」