50代のAさんは、10年前に父親を亡くしました。実家は父親の名義のままでしたが、いずれは自分が継ぐと兄弟間で話し合い、納得していました。手続きの煩雑さや費用を考えると、ついつい後回しにしてしまい、不動産の名義は亡き父のままでした。
そんなある日、Aさんはテレビのニュースで「相続登記の義務化」という言葉を耳にしました。さらに、「違反者には10万円以下の過料」という解説が続き、Aさんは血の気が引くのを感じました。
10年も前に相続した実家も、この義務化の対象になるのだろうか、そもそも、何から手をつければ良いのか、全く見当もつきません。Aさんはどうすればいいのでしょうか。北摂みらい司法書士事務所の光田正子さんに話を聞きました。
「手続きが面倒だった」は通用しない
ーこの義務化はいつからの相続が対象になりますか
相続登記の義務化は2024年4月1日から始まりましたが、この日以降に発生した相続だけが対象ではありません。法律が施行される前、つまり2024年4月1日より前に開始した相続も対象となります。
Aさんのように10年前に発生した相続で、まだ登記が済んでいない場合も、今回の義務化の対象に含まれます。その場合の申請期限は、制度が開始した2024年4月1日から3年以内、すなわち2027年3月31日までとなります。ですから、まだ時間はありますが、早めに準備されることをお勧めします。
ー「10万円以下の過料」は、どのような場合に科されますか
過料は、「正当な理由」なく、期限内に相続登記の申請を怠った場合に科される可能性があります。期限は、原則として「ご自身のために相続があったことを知り、かつ、不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内」です。
「正当な理由」とは、相続人が非常に多く、戸籍謄本などの資料収集や他の相続人の把握に時間がかかる場合や、遺言の有効性をめぐって争いがある場合、申請義務を負う相続人自身に、重病などの事情がある場合などが考えられます。
単に「手続きが面倒だった」「費用がかかるから」といった理由では、「正当な理由」とは認められない可能性が高いです。過料の金額は、個別の事情に応じて裁判所が最終的に判断します。
ー過料のリスク以外に、相続登記を放置するデメリットはありますか
相続登記を放置すると、時間の経過とともに相続人同士の関係が悪化し、当初合意していた内容でも名義変更時に反対されたり、代償金を求められたりすることがあります。遺産分割協議に基づく相続登記には相続人全員の協力が必要なため、一人でも協力が得られないと手続きが進められなくなるというデメリットが生じます。
その他にも、時間が経つことで相続人が増え、不動産の売却が困難になる他、所有者と証明できないため売却や担保設定ができません。また、他の相続人の債権者に不動産が差し押さえられるリスクもあります。
ー相続人間で話がまとまらない場合は
すぐに遺産分割協議がまとまらないなど、3年以内の登記が難しい場合のために「相続人申告登記」という新しい制度が設けられました。これは、相続人のうちの一人が「私が相続人の一人です」と法務局に申し出ることで、登記義務を果たしたとみなされる簡易的な手続きです。この申告さえしておけば、遺産分割協議が長引いたとしても、過料を科されることはありません。
ただし、これはあくまで一時的な措置です。その後、正式に遺産分割協議がまとまったら、その内容に基づいた相続登記を、協議が成立した日から3年以内に行ってください。
◆光田正子(みつだ・まさこ)/司法書士
平成24年4月司法書士登録、平成28年に独立・開業。「きちんと理解・納得して手続きを進めてもらう」ことを目指して、時間がかかっても丁寧に説明することを心掛けている。私生活では思春期の娘二人がおり幼少期とは違う種類の悩みの子育て真っ最中。