Aさんは、先日亡くなった父親の書斎を整理していました。部屋の奥に大きなワインセラーが設置されていることは知っていましたが、父親が亡くなるまでその中身を詳しく見たことはありませんでした。
遺品の整理を進めていると、書斎の机の引き出しから1冊のファイルが見つかりました。表紙には「ワインリスト」とだけ書かれています。リストの上から順に、数本のワイン名を何気なくスマートフォンで検索してみて、Aさんは息をのみました。画面には、100万円以上の価格が表示されていたのです。
最初は驚きで心臓が高鳴りましたが、すぐに血の気が引いていくのを感じました。「もしかしたら、このセラー全体でとんでもない価値になるのではないか」と、喜びよりも先に相続税が脳裏によぎったAさんは、強烈な不安に襲われました。
コレクターが遺したワインの相続は、どのように進めるべきなのでしょうか。正木税理士事務所の正木由紀さんに話を聞きました。
ワインコレクションも相続財産の対象になる
ーワインコレクションは、相続財産として申告する必要がありますか
ワインコレクションは、美術品や骨とう品と同じように「一般動産」として相続財産に含まれます。したがって、相続税の課税対象となり、申告が必要です。
評価方法は、原則として「時価」で行います。この時価とは、相続開始日(お亡くなりになった日)における「その財産の現況に応じて、不特定多数の当事者間で自由な取引が行われる場合に通常成立すると認められる価額」を指します。
具体的には、ワインの専門家や鑑定士、買取業者に査定を依頼し、その査定額を基に評価します。もしくは、同じ銘柄やヴィンテージのワインが、市場やオークションでどのくらいの価格で取引されているかを調査し、それを参考に評価します。
ー価値を知らずに過小評価して申告した場合、どのようなペナルティがありますか
相続財産の価値を意図的でなくても過小に申告した場合、税務調査で指摘されるとペナルティが課されます。主に、納めるべき税額より少ない額で申告した場合に課される「過少申告加算税」や、本来の納期限までに納付されなかった税額に対して課せられる「延滞税」が考えられます。
万が一、税務調査で意図的な財産隠しと判断された場合は、さらに重い「重加算税」(35%または40%)が課されることもあります。価値を知らなかったという理由だけでは、これらのペナルティを免れることは難しいのが実情です。
ー相続税の納税資金が足りない場合、ワインそのもので納税する「物納」は可能ですか
相続税は金銭で一括納付することが原則です。しかし、納税が困難な場合には「延納」や「物納」という制度があります。物納とは、金銭の代わりに不動産や有価証券などで納税する方法ですが、適用には厳しい条件があります。まず、延納によっても金銭で納付することが困難であると認められる必要があります。
ただし、ワインの場合、品質管理に専門的な知識や設備が必要であり、価値の変動も大きいため、「管理処分不適格財産」とみなされる可能性が非常に高いです。そのため、ワインそのもので物納することは、現実的には極めて困難であると言わざるを得ません。
相続税の納税資金が不足する場合は、ワインを売却して現金化し、その資金で納税するのが一般的な方法となります。
◆正木由紀(まさき・ゆき)/税理士
10年以上の税理士事務所勤務を経て令和5年1月に独立。これまで数多くの法人・個人の税務を担当。現在は、社労士や司法書士ともチームを組み、「クライアントの生活をより充実したものに」をモットーに活動している。私生活では2児の母として子育てに奮闘中。