「ミード」をご存じだろうか。蜂蜜を発酵させてつくるお酒のことで、その歴史は古く、世界最古の酒とも言われる。日本ではまだ馴染みが薄いが、近年、滋賀や京都で相次ぎ醸造所がオープンしている。醸造家たちのミードにかける思いとは。現場を訪ねた。
滋賀県野洲市のJR野洲駅から車で10分ほどの住宅街の一角。平屋建ての倉庫のような建物に入ると、おしゃれなカフェのようなスペースの奥に、銀色の大きなタンクが並んでいた。
「現在は、11あるタンクでミードを醸造しています。仕込み始めて約1~2カ月ででき上がります」
「アンテロープ」(野洲市永原)の代表で、醸造家の谷澤優気さん(31)が説明してくれた。
2020年創業の同社は国内初のミード専門醸造所とされる。谷澤さんは京都大大学院で農業経営を学んだ後、ビール好きからクラフトビールの会社で研修していた。創業は、海外のクラフトビールが集まるイベントで偶然ミードと出会ったのがきっかけだった。
「クラフトビールで起業しようと思っていたが、クラフトビールを上回るミードの味わいの幅広さに衝撃を受け、この体験を他の人にも届けたいと思った」と振り返る。
同社が手がけるミードは、蜂蜜だけでなくフルーツやスパイスなど副原材料も一緒に発酵させており、独特の香りや味わいが特徴だ。国内の無農薬や有機栽培の果実などを主に使っている。
徐々に販売先を広げ、国内の酒販店だけでなく、現在は台湾や香港、シンガポールなど海外にも輸出しており、本場の欧州などで評価されるようなミードを作るのが目標だ。「国内には素晴らしい農家がいる。養蜂業界の活性化と合わせ、ミードを通して日本の優れた農産物にも光を当てられたら」と思いをはせる。
国内には約20のミード醸造所があるとされ、うち2カ所が滋賀県内に、1カ所が京都市内にある。
湖国の新たな特産品にしようと3年前からミード造りに取り組んでいるのが佐藤酒造(長浜市榎木町)だ。同社は2011年創業の新しい日本酒メーカー。ミード造りは長浜、米原、彦根3市の自治体や企業、大学などでつくる「びわ湖東北部地域連携協議会」が、県内産蜂蜜を使った酒造りとして取り組んでいる。
半年間ほどで完成させる予定だったが、うまく発酵が進まずアルコール度数が上がらないなど失敗が続いた。長浜バイオ大などの力も借り、3年がかりで開発に成功。今年3月、自社の清酒ブランドにちなんで「KOHAMA HONEY」として発売した。
滋賀県産100%の蜂蜜と日本酒の酵母を使い、清酒の製法を取り入れて醸造しているのが特徴。ドライな白ワインのような味わいの中に、自社の梅酒も少量配合することでふくらみを持たせたという。今年も11月ごろからミードを醸造する予定で、社長の佐藤硬史さん(51)は「長浜バイオ大では養蜂が行われており、将来は大学産蜂蜜でミードが作れたら」と夢を膨らませる。
「蜂蜜屋」からミードに参入した醸造所もある。京都市中京区の金市商店は昨年3月、町家を改装して「京都蜂蜜酒醸造所」をオープンした。
同社は05年から海外産ミードの輸入販売を開始。17年からは城陽市の酒造会社に委託し自社のミードを製造、販売してきたが、さらに蜂蜜にこだわった商品を自分たちの手で造りたいと、自前の醸造所開設に踏み切った。
同社が醸造所で手がけるのは、蜂蜜の素材そのものを生かした「王道のミード」。さまざまな花の蜜からできた国産や京都府内産の百花蜜、大阪府内のサクラのみの蜜で造った3種類の商品を販売している。見た目は同じように見えるものの、まろやかさや爽やかさ、甘い香りなど、蜂蜜の違いがそのまま味に現れている。
同社はミードの裾野を広める活動にも取り組んでいる。醸造所の一角には、バーカウンターの「ミードサロン」を設置し、定期的にセミナーを開き、ミードの歴史や製造方法を紹介。飲み比べなどを通してファン獲得に力を入れている。4月には大阪・関西万博で試飲などのプロモーション活動を行い、魅力を発信した。「ほとんどが初めてミードを飲む人たちだったが、98%の人がおいしいと回答した」と市川拓三郎社長(41)は話す。
以前に比べれば知名度は上がったが、ミードを知っている人はまだまだ少ない。「甘くて飲みやすいミードは20歳で初めて飲むのにぴったり。お酒に対する先入観のない若い世代を中心に広めていきたい」と意気込む。
古くから日本酒づくりが盛んな京滋を発信源に、新たにミードの波が全国に広まるかもしれない。