岡山市新見市を代表する観光スポット・井倉洞(同市草間)近くの駐車場に展示されている蒸気機関車(SL)「D51 838号」。実は約17年間にわたって鉄道ファンらでつくる「D51 838保存会」によって整備・メンテナンス作業が行われてきたことをご存じだろうか。車両を美しく保つとともに、1971年にお召し列車をけん引した際の雄姿の再現にも取り組み、来年春にいよいよ一連の作業が完了する見通しだ。
「こんなところにSLが」「屋外保存なのに、いい色してるなあ」ー。9月上旬、井倉洞を訪れた観光客が黒光りする機関車にスマートフォンを向けていた。鉄道ファンならこのSLが他とは違う特徴があることにすぐに気づくだろう。鳳凰(ほうおう)のエンブレムに十字の取っ手が特徴的な煙室扉用ハンドル、車体を彩る真鍮(しんちゅう)の帯、そして「お召」と書かれた区名板。すべて1971年4月21日、昭和天皇を乗せた「お召し列車」を米子から岡山までけん引した際の装備だ。保存会の今川卓巳会長(67)=総社市=は「日本各地にSLはあるが、お召し仕様が見られるのはまれでしょう」と胸を張る。
「D51 838号」(全長約20メートル、重量約89トン)は43年、神戸市で製造された。55年に新見機関区に配属され、伯備線沿線の採掘場から石灰の運び出しに用いられた。機関車3台をつないで急勾配を走った「SL三重連」は今も住民や鉄道ファンの間で語り継がれている。74年の引退後、新見市に無償貸与され、現在地に展示された。
今川会長は仕事で新見市を訪れる度に、このD51を見学していたという。年を経るごとに車体に赤さびが浮き、ほこりだらけになっていくのを見かねて一念発起。2008年に車両を管理する会社にボランティアでの化粧直しを申し出た。
鉄道仲間の浜忠彦さん(67)=倉敷市、板倉浩さん(67)=同市=とともに作業を始め、さび取りを行って再塗装したほか、汽笛も鳴るように整備。09年にファン向けの体験乗車会を開いた。その後、車体のメンテナンスや清掃活動を定期的に行う一方、お召し仕様への改装にも本格的に着手。煙の流れを誘導する集煙装置を合板で製作して煙突に取り付け、鳳凰のエンブレムは写真などを参考に自作した。
既に当時の姿はほぼ再現しているが、「鉄道ファンには専門家のような人が多い。いい加減なことはできない」と浜さん。来年春までに変色したパイプ(空気作用管)の清掃など細部の仕上げを行う予定だ。
少数精鋭だった保存会の会員も現在は14人にまで増えた。「地域の宝を受け継ぎ次世代に伝えるために、仲間と体が動く限り続けていきますよ」。2カ月に1回程度の新見通いを続ける今川会長の表情は実に生き生きとしている。