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72歳で始めたドラムで人生変えた! 「日本人最高齢現役女性シンガードラマー」ChaBaBaさんの軌跡(上)

85歳の「日本人最高齢現役女性シンガードラマー」の女性「ChaBaBa(チャババ)」こと倉田和加子さん(福岡市在住)が注目を集めている。72歳でドラムを始め、80歳のときに作ったオリジナル曲がYouTubeでブレイク。リズム感あふれるビートで高齢者をはじめ多くの人たちを魅了してきた。「年齢がいくつになっても、やればできるということを伝えたい」というChaBaBaさんの近況とこれからについて(上)(下)2回にわたり紹介する。

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12月6日、ChaBaBaさんはドラムの先生でマネージャーのヨネトさんとともに、横浜・二俣川にいた。多世代が集って「Age-Wellなつながり」を育むクリスマスイベント「MOTTOBA!WinterFES.」のコンサートイベントに出場するため、福岡から遠征した。 

この日、ChaBaBaさんは、神奈川県立松陽高等学校吹奏楽部と合奏コラボをして「テキーラ」を演奏したのち、オリジナル曲2曲(「チャババロック」と「老人よ!大志を抱け!!」)、レッド・ツェッペリンの「天国への階段」を単独で披露した。

ヨネトさんが振り返る。「演奏が終わって一息つこうとしたとき、ご婦人が2人、握手を求めてこられました。一人の方は涙ぐんで『私たちも何かやらねばと励まされました。これからもずっと続けてくださいね』と。それを聞いて僕の方が泣きそうになりました。演奏後はこんなふうに温かい言葉をかけていただくことが多く、逆にこちらが元気と勇気をもらっています」。中には福岡から駆けつけたファンもいたという。

「大勢の人たちが集まる開放的な場所で演奏させてもらって、すごく楽しかったです。ただ、演奏の出来は60点くらい。まだまだですね(笑)」とChaBaBaさん。自己採点は厳しかった。

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ChaBaBaさんは第二次世界大戦が始まる前の1940年、大阪で生まれた。父親が戦地へ赴いた後、母親とともに両親の故郷である熊本・天草に移り住み、そこで育った。

5歳のころ終戦。「戦時中は生まれたばかりなので記憶はないけど、我が家の近くを米軍の飛行機がピャーっと飛んでビラ(伝単)をまいていた光景を覚えています。庭には防空壕があったから、入ったり出たりしていたんじゃないかと思います」。帰国した父親と再会を果たせたのは終戦から数年が経ってからだったという。

音楽は小さいころから好きだった。「小学校の学芸会では毎年、着物を着て日本舞踊を踊っていました。中学校のころは音楽合唱コンクールがあって、各学校の代表がコーラス隊をつくったことがあるんです。私もメンバーの一員として歌うのかと思ったら、先生が指揮者をやれと。それで大勢の人の前で指揮者として合唱コンクールに出たのを覚えています。高校では洋画をよく観に行ったこともあり、洋画音楽が好きでしたね」

社会人になってからは、公務員として4年ほど勤めた後、23歳で結婚。長女が小学生のころ離婚し、その後は熊本市内で商売を始めた。現在は長女が福岡市内で経営する保育園の副園長を務める。

「離婚したり事業に成功、失敗したりと波乱万丈でしたが、嬉しかったときも辛かったときも、いつも音楽に支えられてきた気がします。失恋した時なんかは、もんた&ブラザーズの『ダンシング・オールナイト』を聴いて泣いたりね」

これまでピアノ、三味線、ギター、ハーモニカを習ってきた。だが、どれも長続きしなかった。発表会に出られるようになる1〜2年間くらいは一生懸命練習するのだが、なぜか次第に熱が冷めてしまう。

「1曲できたら飽きてやめちゃう。その繰り返しでした。それできっと、つまらなそうな顔をしていたんでしょう。見かねた長女があるとき『それならいっそのこと、ドラムでもやってみたら』って。長女にしてみたら冗談のつもりでいったんでしょう(笑)。高校時代の親友に相談したら『できなかったらやめればいいんだし』と言われてね。そのとき72歳でしたけど、それでヨネト先生(現在はChaBaBaさんのマネージャー)のドラム教室の門を叩いたんですよ」

初めて教室を訪れた日、先生がドラムを叩く姿を見て愕然とした。まだ習う前から「やめやめ、こんな難しいこと、自分には到底できない」と思ったという。

しかし一方で、ドーンドーンと響くバスドラムの重低音が全身に響きわたり、「もしもあんなふうに自分も叩けたら楽しかろうね」と思ったという。「それまでいろんな楽器をやっても続かなかったけれど、ドラムは挑戦しがいがあるなと思ったんです」

それから猛練習の日々が始まった。1日8時間、練習したこともあるほどドラムに魅せられた。ヨネト先生が数年間上京していたころは、先生が福岡に戻ってきたときに教えてもらうなどして続けた。

初めて自分で演奏会を主催したのは77歳のとき。「福岡・天神の大丸パサージュ広場でよくミュージシャンの方が演奏していたのを羨ましく見ていたんですよ。いいなあ、私も絶対ここでやりたいって。そのころの私にとってみたら、あんな人の多いところで演奏するなんて、すごいことだったんですよ」

ギター、ベース、キーボード、ボーカルの人たちに声をかけて臨時のバンドをつくり、ステージでの演奏を自ら企画。ショッキング・ブルーの『ヴィーナス』などを演奏した。「テンポが遅いよ」などとメンバーに言われつつも、なんとか演奏を終えることができた。「街中のステージは初めてだったので緊張したけど、すごく達成感がありました」

孫から「チャバ」と呼ばれていたことや「レディー・ガガ」の「ガガ」をもじって「ババ」にし「ChaBaBa」として活動を開始。コロナ禍の2020年12月にはオリジナル曲「チャババロック」を制作し、YouTubeに投稿したところ、161万回以上の再生回数(現在)を記録。次第に地元のテレビや新聞に取り上げられ「日本最高齢の現役シンガードラマー」として注目を集めるようになった。

高齢者団体などからの依頼などを受け、これまで人前で演奏した回数は30回を超える。公民館などで演奏するときは「青春時代」や「イマジン」、「東京ブギウギ」などの曲も演奏する。オリジナル曲はいま全部で4曲。ChaBaBaさんが作詞し、ヨネト先生が作曲する。ChaBaBaさんも歌うが、ボーカルはその時々でシンガーにお願いすることが多いそうだ。

「こうしてドラムを長年、続けられてこられたのは、やはり難しくて一筋縄ではいかないからでしょうね。勇気を出してドラムの世界に飛び込んでよかった。振り返ってみると私の人生、何も完成させていないんですよ。仕事にしても何にしても全部中途半端だったような気がします。だから、そういう自分が嫌だったというかね。何か一つでもやりとげたい。それで、このドラムだけはなんとか完成させたいと。いまもまだその途上なんですけどね」

ドラムという生きがいと出会い、順調に活動を続けてきたChaBaBaさん。しかし、昨年(2024年)11月、試練が訪れる。がんを宣告され、手術を受けることになったのだ。

ChaBaBaさんのYoutubeチャンネルhttps://www.youtube.com/chababa
ホームページhttp://chababa.jp/

(下)に続く。

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