「長周期地震動」という言葉を知っていますか?東日本大震災のとき、都心の高層ビルがゆらゆらと大きく揺れた原因が、この長周期地震動でした。
地震の揺れの一つである長周期地震動では、高い建物の高層階ほど大きく揺れやすくなります。このため、高層ビルで働く人や高層マンションに住む人にとっては、非常に身近かつ重要な言葉です。
ところが、気象庁が2018年に行った調査では、長周期地震動の認知度はなんと半分にも達していませんでした。
そこで今回は、長周期地震動の恐ろしさや被害を防ぐための対策について、詳しく解説していきます。
高層ビルを大きな揺れが襲う!?長周期地震動とは
長周期地震動とは、周期(揺れが1往復する時間)が長いゆっくりとした大きな揺れのことです。
地震には、様々な周期の揺れが混ざっています。「地震」でよくイメージするガタガタとした小刻みな揺れは、「短周期地震動」と呼ばれるものです。対して、周期が2秒程度〜数十秒程度の長い揺れが「長周期地震動」です。
<長周期地震動の特徴>
長周期地震動には、以下のような特徴があります。
・短い周期の揺れと比べて、遠く離れたところまで揺れが伝わりやすい。(減衰しにくい)
・高い建物が大きく揺れやすい。また高層階の方が大きく長く揺れる。
高層ビルやマンションなどでは、震源から数百キロ離れた場所であっても大きく揺れる可能性があり、そしてその揺れが10分を超えるような長時間にわたる場合があります。
また、高層ビル以外にも、免震構造の建物、大型貯蔵タンク、長大吊橋なども長周期振動によって揺れが大きくなります。
<大きな長周期地震動が発生する条件>
大きな長周期地震動は、一般的に以下のような場合に起こりやすくなります。
・地震の規模が大きく、震源が浅いほど長周期地震動が発生しやすい。
・堆積層が厚い場所では、地盤が柔らかく長周期地震動が増幅しやすい。(=大規模な平地や盆地で長周期地震動が大きくなりやすい。)
関東平野や大阪平野など、日本の大都市の多くは大規模な平野に位置しています。長周期地震動が増幅しやすい場所に多くの高層ビル・マンションが立ち並んでおり、影響を受けやすい条件が揃っていること、そしてその影響を受ける人口が多いという点でも注意が必要です。
<長周期地震動による影響>
長周期地震動によって、高層ビル・マンションや免震構造の建物では、家具や家電・什器などが転倒・落下・移動してケガをしたり、エレベーターが故障して閉じ込められたりするおそれがあります。
また、貯蔵タンクでは屋根の損傷、火災、内容物が流れ出るなどの被害が想定されます。
長周期地震動の特徴
長周期地震動で高い建物が大きく揺れるのはなぜ?
なぜ、長周期地震動では高い建物が揺れやすいのでしょうか。その理由は、高い建物は長い周期の揺れと「共振(きょうしん)」しやすいためです。
建物には、それぞれ揺れやすい周期(固有周期)があります。固有周期は建物の高さにほぼ比例して長くなります。
一般的に固有周期は、木造家屋などの低い建物では概ね2秒以下、高さ100メートル(約30階建て)の建物で2秒程度、高さ300メートル(約60階建て)で5~6秒程度とされています。
そのほか、大型貯蔵タンクは4〜10秒程度、また免震構造の場合、高層ビルでなくても固有周期が長く、最大8秒程度となっています。
地震の揺れの周期と建物の固有周期が近いと、その建物は共振して大きく揺れます。
ここで、ブランコをイメージしてみてください。建物をブランコ、地震動をブランコを押す人に置き換えてみましょう。ブランコを漕いだときに、うまくタイミングを合わせて押してあげると、どんどん大きく揺れるようになりますよね。
つまり、物体に対してその振動に合わせたリズムが外から与えられると、振幅が大きくなる現象が「共振」です。
このように固有周期の違いによって、高層ビルやマンションは短い周期ではそれほど揺れませんが、長い周期では揺れやすくなっているのです。
長周期地震動で高い建物が大きく揺れる理由
長周期地震動による被害の事例
先ほど、長周期地震動の特徴として「震源から離れていても大きな揺れになるので注意が必要」ということをお伝えしました。そこで、過去に起こった長周期地震動が主な原因とされる被害について、詳しくみていきましょう。
<平成15年(2003年) 十勝沖地震>(2003年9月26日)
十勝沖を震源とするM8.0、釧路・十勝地・日高地方で最大震度6弱の地震が発生し、北海道を中心に負傷者や家屋の倒壊などの被害が出ました。
このとき、震源から約250km離れた苫小牧市では、最大震度5弱とそこまで大きな揺れではなかったにも関わらず、長周期地震動によってスロッシング(タンク内の液体が大きく揺れること)という現象が発生した結果、大規模な石油タンク火災が発生しました。
この出来事がきっかけで、長周期地震動は社会的に注目されるようになりました。
<平成23年(2011年) 東北地方太平洋沖地震>(2011年3月11日)
東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、長周期地震動によって、震源から300km近く離れた東京都内の高層ビル群が大きく揺れました。高層階では、低層階と比べて揺れが大きく、まるで船にのっているような状態が長時間続きました。経験したことのない揺れ方に恐怖を感じた人も多かったようです。
さらに長周期地震動の影響は、震源から約700km離れた大阪でも。大阪市の最大震度は3でしたが、長周期地震動の影響を大きく受けた市内の高層ビルではエレベーター停止による閉じ込め事故、内装材や防火扉が破損するなどの被害が発生しました。
多くの人が、実際に長周期地震動の怖さを体験した出来事でした。
東北地方太平洋沖地震では高層階で大きな被害が発生
高層ビル用の震度を表す「長周期地震動階級」
過去の事例では、震度3程度でも高層ビルで被害が生じるなど、「高い建物や大型建造物では、発表された震度に対して被害が大きかった、それよりも揺れが大きく感じられた」ということが起こっていました。
これは、建物や階数によって揺れやすさは異なり、普段私たちがよく見る「震度」は、地表や低層建物を対象にしたものであるためです。高層や大型の建築物が増えた現代においては、従来の指標である「震度」では、適切に揺れの大きさを表せない状況が出てきてしまいました。
そこで、従来の「震度階級」とは別に、高層ビル高層階などでの揺れの大きさを表した指標が「長周期地震動階級」です。長周期地震動階級は、階級1〜4の4段階で表されます。
階級1では、室内にいるほとんどの人が揺れに気づき、階級2では、物につかまりたいくらいの大きな揺れを感じます。階級3では、立っていることが難しくなり、固定していない家具が移動したり、不安定なものは倒れたりします。階級4になると、揺れに翻弄されはわなければならないほどで、固定していない家具のほとんどが移動し、倒れることもあります。
長周期地震動階級は、いわば高層ビル用の震度です。とくに高層ビルで働く方や買い物などで利用することがある方、高層マンションに住んでいる方は、しっかりと覚えておきましょう。
なお、長周期地震動(※階級1以上)を観測した場合には、気象庁のHPなどで各地の長周期地震動階級を確認することができます。(地震発生から約10分後)
◆気象庁/長周期地震動に関する観測情報(外部リンク)
長周期地震動階級の表
長周期地震動 南海トラフ地震での想定は?
長周期地震動の特徴や発生条件を踏まえると、真っ先に不安を感じるのが南海トラフ地震ではないでしょうか。
内閣府によると、南海トラフ地震では、長周期地震動により東京・大阪・名古屋の3大都市圏を中心に、広範囲で長周期地震動階級3、一部では階級4の揺れが想定されています。
南海トラフ地震は30年以内に80%程度の確率で起こるとされているため、長周期地震動に対しても、日頃からしっかり対策をしておく必要があります。
南海トラフで想定される各地域の長周期地震動階級
【対策】長周期地震動に備えてできること
長周期地震動であっても、従来の地震対策と大きく変わるわけではありません。
その中でも、高層ビル・マンションで生活するにあたって備えておきたいのが①家具類の転倒・落下・移動対策、②備蓄、③長周期地震動に対する知識です。
①家具類の転倒・落下・移動対策
長周期地震動では、家具類の転倒・落下に加えて、移動によってはさまれたり、ぶつかったりしてケガをするおそれがあります。ですが、事前に対策しておけば、被害を抑えることができます。
<対策の例>
・できるだけ納戸や備え付けのクローゼットに収納し、家具を置かないようにする。
・家具類を固定する。
・背の低い家具にする。
・座る場所や寝る場所、扉、廊下付近では、家具のレイアウトを工夫する。
(万が一家具類が転倒・落下・移動しても負傷しない・避難経路をふさがないようにする。)
・キャスター付きの家具類はロックして移動を防止する。
・棚や引き出しに収納するときは重い物を下にする。
・吊り下げ式の照明はワイヤーで固定する。
万が一、高層階でケガをした場合、エレベーターが使用不可能になるなどして、低層階よりも救助に時間がかかる可能性があります。こうした点からも、ケガを最小限に抑えるための対策が重要です。
②備蓄
またエレベーターが故障すると復旧に時間がかかり、長期間地上への出入りが難しくなることも想定されます。家庭では、少なくとも家族の人数×最低でも3日分(できれば1週間分)の食料・飲料を備蓄しておきましょう。
③長周期地震動について知っておく
長周期地震動について理解しておくことで、有事の際にも冷静な行動に繋げることができます。
長周期地震動の特徴を知らなければ、未知の揺れが長時間続くことでパニックになる可能性があります。知っているのと知らないのとでは、いざというときの判断・行動にも違いがでます。
長周期地震動への備えの例
【対応】もしも高層ビルで大きな揺れが発生したら?
では、高層ビルやマンションで揺れが発生した場合、どうすればよいのでしょうか。
長周期地震動による高層ビルなどの揺れは、短い周期の揺れに比べて、揺れが大きくなるまで若干の猶予があると考えられます。
また、2023年2月以降、長周期地震動階級3以上が予想された場合にも緊急地震速報が発表されるようになっています。
とはいえ、即座に周期が短い揺れか長い揺れかを判断することは困難ですし、長周期地震動による揺れが発生した場合の行動も、従来の地震とほとんど変わりません。
高層ビル・マンションで揺れを感じたり、緊急地震速報を見聞きした場合には、揺れが大きくなる前に安全な場所に留まり、身を守りましょう。
<オフィスや住居、商業施設の場合>
ケガをしないためには、頭を守ること、揺れに飛ばされないようにすることが重要です。
家具や家電、什器、照明器具などが「倒れてこない」「落ちてこない」「移動してこない」場所に身を寄せ、体を低くして身の安全を図ってください。移動・転倒防止対策をした机の下や手すりに捕まることも有効です。
あわてて出口や階段に行くことはかえって危険です。高層ビル・マンションは耐震性自体は高く、すぐに倒壊してしまう可能性は低いため、揺れがおさまるまで安全な場所・姿勢で待つことがポイントです。
<エレベーターの場合>
エレベーターの場合、すべての階のボタンを押し、すぐに停止した階で降りてください。閉じ込められたときは、非常呼び出しボタンを長押しして外部との連絡をとりましょう。すぐに繋がらない場合も、諦めず押し続けてください。不安でも、中から無理にこじ開けたり、天井から出ることは危険なのでやめましょう。
また、もしエレベーターが動いていた場合でも、地震時の移動には絶対に使用しないでください。
もしも高層ビルなどで大きな揺れを感じた時の行動
長周期地震動に対しては管理会社や企業もさまざまな対策を進めていますが、いざという時に身を守るのはあなた自身です。もしものための備えと万が一の時の行動について、今一度確認をしておきましょう。
【参考】
・気象庁「⻑周期地震動に関する認知度調査報告書」(平成30年3月14日)
・内閣府「南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告」(H27年12月公表)