近年、急速に発展しているAI(人工知能)技術。身近なものであれば「ChatGPT」が思い浮かびますが、今やAIは社会のあらゆるところで活用されています。今回お話をうかがった株式会社カルディオインテリジェンスの幸さんは、WEBエンジニアとしてAIを活用した医療機器プログラム「SmartRobin AI シリーズ(以下、SmartRobin)」の開発に携わっておられます。高校時代に芽生えた「AIについて学びたい」という思いから、立命館大学・情報理工学部に進学。大学時代に出会ったプログラミングを仕事にしたいと考え、卒業後は大手企業でエンジニアの道へ。4年間従事されたのちステップアップするための転職を志す中で、現CTO・髙田さんの紹介を受けてカルディオインテリジェンスに出会い、入社を決められました。現在は医療機器製造業の責任技術者を務められる幸さんに、「医療×AI」の面白さだけでなく、大手からベンチャーへの転職を決められた理由、そしてAI時代のキャリア形成まで詳しく語っていただきました。
【「SmartRobin AI シリーズ」とは】
脳梗塞の主な原因とされる「心房細動(不整脈の一種)」を95%※の精度で自動検出し、早期治療につなげる長時間心電図解析ソフトウェア。医療者にとって業務負担の大きい心電図解析の効率化に貢献するソフトウェアとして注目を集めています。
・医療機器認証番号:302AHBZX00026Z00
・販売名:長時間心電図解析ソフトウェア SmartRobin AI シリーズ
※Taniguchi H et al. Int Heart J. 2021;62(3):534-539.
医療現場でのAI活用を「当たり前」にする
─「医療×AI」は多くの期待を集めている分野ですよね。この分野の一番の魅力と、現状を教えてください
やはり社会変革を伴うサービスに携われるのが一番の魅力です。AIの活用は「ChatGPT」に代表されるチャットボットから、ブラウザ上で画像や楽曲を生成できるものまで多岐にわたります。医療の分野でも、私たちが取り組んでいる不整脈の早期発見のほか、X線検査によるガン発見なども開発が進んでいて、AIを活用できる領域は今後ますます広がっていくと考えられるでしょう。
しかし、AIに関心を寄せている医師がようやく使い始めた段階で、現在どれぐらい「AI×医療」が世間に浸透しているか問われると、正直「まだまだ浸透していない」と答えざるを得ない状況です。だからこそ、医療現場で当たり前にAIが活用される世界を作ることが私たちの使命ですし、それを実現するための試行錯誤が当社で働く楽しさでもあります。
─現在、幸さんはどのような仕事に取り組まれているのでしょうか
近年、スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスが続々と登場していますが、これらはデバイスごとに心電図のデータ形式が異なります。つまり、自社製品のデータは解析できるものの、他社デバイスの心電図データだと解析できないという問題が発生してしまうのです。この課題を受けて、当社のSmartRobinでは、どのような心電図のデータ形式であっても解析を可能にするべく、開発に取り組んでいます。
─それが実現すれば、より多くの人が心臓病の早期治療を受けられるようになりそうですね
まさにその通りで、結果的に当社のミッション「⼼臓病診療を受けられない患者さんを世界からなくす」の実現につながっていきます。そのためにも、SmartRobinをより大きなプラットフォームへと育てることが現在の目標です。さらに究極を言えば、全世界で実施された長時間心電図検査の解析を担うような状態を作りたいですね。
興味に飛び込むことで切り拓いてきた可能性
─大学の学部選びの段階から、AIには興味をお持ちだったのでしょうか
もともと漫画やアニメが好きで、AIが作中で扱われる作品を観ては「AIってなんでしゃべれるんだろう?」と不思議に思っていたことをきっかけに、情報系の学部、中でもAIについて学べる立命館大学に進学しました。研究室も入学前から希望していた「創発システム研究室(AIを扱う研究室)」に所属し、AIについて学びを深めました。
そして、AIについて学ぶに連れて、「こうやってプログラミングするとAIがこう動くんだな」とAIの内側を体験することとなり、プログラミングについても興味を持つようになりました。研究者への道を考えていたわけではなかったので、キャリアを考える際には、AIというよりはプログラミングを仕事にしたいと考えるようになりました。
エンジニアを志す中で、一つの分野に傾倒するのではなく、幅広い分野で開発に携わってみたいという気持ちがありました。そこでファーストキャリアに選んだのが※SES企業でした。多くのプロジェクトに関わることができるため、エンジニアとして経験を積むのに最適な環境だと感じたからです。入社後はデスクトップアプリを主として、特定のツールに搭載するためのプラグインを作ったり、デスクトップアプリ単体で動く製品を作ったりと、さまざまな経験ができたと思います。
※SES企業とは:「システムエンジニアリングサービス企業」の略で、エンジニアを他の企業に派遣して技術支援を行う会社です。具体的には、SES企業に所属するエンジニアがクライアント企業に常駐し、システム開発や運用、保守などの業務を担当します。
─そして、転職の際には「医療×AI」の世界に飛び込むことになったんですよね
SES企業に在籍していた4年間、ユーザーから多く聞かれたのが「もっと楽がしたい!」という声でした。世の中でDX(デジタルトランスフォーメーション)が求められている中で、私自身もさらに自動化や利便性を追求し、もっと人の役に立ちたいという思いが湧き起こるようになりました。
そんなとき、大学時代の恩師でもあるCTOの高田から紹介を受けたのが当社でした。「医療現場はまだDXが進んでおらず、人間の力でどうにか頑張っているところが多い」という医療現場の現状を初めて知ることとなり、カルディオインテリジェンスならもっとDX推進に携わることができ、もっと多くの人に貢献できるのではないかと思ったのです。
─同じエンジニアでも全く異なる分野ですよね。入社にあたって不安はなかったのでしょうか
もちろん不安がなかったわけではありません。私は医療分野に明るいわけではなく、WEBアプリケーション開発も未経験。そして最も心配だったのが「自分の能力がここで通用するのか?」ということでした。それでも入社を決めたのは、そんな不安を上回るほどのワクワク感があったからです。自分の作ったものが世界で当たり前に使われるようになり、人々を助けられるかもしれない。そんな思いを、機械学習を学んだ大学時代の経験も後押ししました。
しかし、やはり自身の技術力が通用するかという不安は残っていたので、入社前はひたすらWEBアプリケーションや医療機器について勉強していました。入社後もさまざまな分野に手を伸ばしてみることを心掛けて、時には医療機器に関わる法律を学んだこともあります。エンジニアである私に直接関わる分野ではありませんでしたが、どのような点に気をつけて開発するかというところにつながっていくと考えたのです。とにかくいろんな分野の知識を身につけることで、気がつけば入社前に抱いていた不安は解消されました。
未完成ならではの自由で成長できる環境
─ご入社時のSmartRobinは、正式リリースとなるバージョン1.0が構築された段階だったそうですね
おっしゃる通りで、私は一からシステムを構築するというより、システムをさらに良くすること、つまり改善と最適化に注力しています。開発の中でも主にレビューとインフラ構築、具体的にはサーバーの選定やネットワークの設定などです。また、クラウド環境には費用が高額になりがちという課題がつきもの。そこでコストを抑えつつユーザーが快適にサービスを利用できるよう、ソフトウェアとインフラのバランス良い構築にも力を入れています。
─「医療機器を作るソフトウェアエンジニア」はまだまだ数の少ない職業だと思いますが、一般的なITエンジニアとどのような違いがあるのでしょうか
医療機器のエンジニアと聞くと何か特別なことをやっているように思われるかもしれませんが、仕事内容は一般的なソフトウェア開発とほとんど変わりません。他の開発者のタスクを決めたり、リリーススケジュールを立てたり、協力会社のタスクレビューを行ったりといった業務を手掛けています。また、SmartRobinはクラウド環境を活用しているので、Microsoftが提供する「Azure」というクラウドサービスのインフラ設計・監視も私の仕事です。
─幸さんの転職は大手企業からベンチャー企業への転職という側面もあると思います。ご経験されて感じた、大手とベンチャーの魅力をそれぞれ教えてください
大手企業の魅力は「整った環境」です。業務フローが効率化されていて、次にすべきことが明確に決まっています。そのための人員や資料も整っていて、「こうすると効率良く進められるんだな」といった学びが多く得られます。定期的に新入社員が入社するので、教育の経験を積むこともできました。
一方、ベンチャー企業の魅力と言えば「何でもできる自由度の高さ」です。大手企業とは異なり既存のルールが少なく、便利で効率的な業務フローも整っていません。時には非効率な部分もありますが、それも「こんなルールが必要じゃないか?」「このルールは厳しすぎないか?」と社員が主体的に考える機会になっています。
私も当社ではエンジニアとしての仕事のほか、法律関係の業務や社内で運用するツールの作成などにも携わっています。全て自ら考え行動するというのは大手企業ではなかなかできない貴重な経験ですし、ベンチャー企業だからこそ大きく成長できる部分でもあります。
─ベンチャー企業に向いているのはどんな人だと思われますか
「どこでも通用する人間になりたい」と考えている人にはぴったりの環境です。ベンチャー企業は幅広い業務に携わることができるので、どこに行っても通用する力が自ずと身につきます。あとは、「自分が作り出したものを世の中の当たり前にしたい」というような野心を持つ人も、自由に挑戦ができるという点でベンチャー企業に向いているかもしれません。
AI時代に大事なのは「自らの道を極めること」
─これからの時代は職種問わずAIの知識が不可欠になる、といった声も聞かれますが、どのようにお考えでしょうか
もしAIを作る側を目指すのであれば、AIについて、特に数学の知識は必要となるでしょう。しかし、あくまでAIを使う側にとどまるのであれば、自分の業務領域のエキスパートとなることの方がより重要だと思います。
昨今は「AIが仕事を奪う」と叫ばれていますが、私の視点だとまだまだAIは発展途上で、決して100%の信頼に足るものではありません。だからこそ、AIの導き出した答えが正しいか否かを自分自身で判断しなければならず、その材料となるのが知識や経験になるのです。自らの専門を極め、正確な知識を身につけることがAI時代を迎える上で最も重要なことになってくるのではないでしょうか。
─ここまでお話いただきありがとうございました。最後に読者へのメッセージをお願いします
20代はチャレンジに最適な時期だと思います。興味がある分野に挑戦するのは、20代ならではのエネルギーがあるからこそできること。実はカルディオインテリジェンスで働く仲間たちも、全く異なる分野から医療機器の世界に飛び込んできた社員がほとんどです。新たな環境に身を置くことで新たな視点が身につき、成長を実感しながら働くことができています。
そして、就職・転職活動問わず、「やりたいこと」や「なりたい自分」を明確にしておくことが最も大切だと思います。例えば、エンジニアのエキスパートになりたいと思ったら、常に最前線を走らなければなりません。そのためには常に勉強を欠かさず、新しいツールやサービスがあればとりあえず触ってみる。企業を選ぶ際も「先進的なことに取り組んでいるか」という目線を大事にする。このように、どんな行動を取るべきか自ずと見えてきます。まずは「生き方の軸を明確にする」という一歩を踏み出してみることで、きっと新たな道が開けてくるはずです。
【株式会社カルディオインテリジェンス】
2019年設立。心臓の専門医とAIスペシャリストがタッグを組み、心電図のAI自動解析支援システムの製品開発を行うヘルステック企業。心房細動(不整脈の一種)の兆候を捉える医療機器を開発し、専門医/非専門医にかかわらず心臓病を早期発見、治療ができる環境を目指す。「⼼臓病診療を受けられない患者さんを世界からなくす」をミッションに掲げ、今日も医療現場を支えるべく技術力向上に努めている。