ホラー映画撮影時に起こった怖い話というのはよく耳にするが、香港・日本合作のホラー映画『怨泊』(7月19日公開)完成までの紆余曲折は、もはや「人が一番怖い」というリアルホラー。身の危険を感じつつも、7年の歳月をかけて唯一無二のインバウンドオカルト映画を完成させた藤井秀剛監督が重い口を開いた。
様々なトラブルに見舞われた7年
「映画製作に困難はつきものですが、そんな中においても惑星直列レベルの奇跡が重なって完成したのが本作です。詳しい話は控えますが、いろいろな人がいろいろな場所でいろいろなことをしでかし、様々なトラブルに見舞われたんです」
不動産購入のために来日したサラ(ジョシー・ホー)は、民泊を営む老婦人・絹代(白川和子)の一軒家に泊まる。しかしそこは怨念と因縁が絡み合う恐怖の館だった…。
様々なトラブルという人間不信のカオスの中、最後まで共闘してくれたのが、主演のジョシー、プロデューサーのコンロイ・チャン、宮島秀司、日本映画界のレジェンドキャメラマン・加藤雄大だった。
「彼らは作品を守るために命懸けで闘ってくれました。完成までのこの7年はまさにバトル・オブ・怨泊。『地獄の黙示録』の舞台裏に迫った『ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録』レベルのドキュメンタリーが一本撮れるような気がします」
『ローズマリーの赤ちゃん』や『悪魔のいけにえ』
難産の末に製作がスタートし、活動屋魂で完成させた『怨泊』。禍々しい怖さが一目で伝わるタイトルが秀逸だ。「日本で一番好きな監督は成瀬巳喜男。成瀬監督も抜群のネーミングセンスでタイトルをつけているので、そこに影響を受けています。白川和子さんの役名が絹代なのも成瀬監督作に出演した女優・田中絹代へのリスペクトです」
民泊でサラは自分が遊女になったかのような奇妙な悪夢に悩まされ、床下からは謎の白骨が発見される。絹代や宿泊者たちはサラに親身に接するが、その裏では想像を絶する計画が進行していた。
『ローズマリーの赤ちゃん』や『悪魔のいけにえ』からインスパイアを受けたという奇妙な物語。藤井監督が気合を入れて撮ったというクライマックスでは、ジャンル映画好きな藤井監督独自の神がかったセンスが大爆発する。
「僕は『悪魔のいけにえ』に影響を受けた人間なので変態なんだと思います。完成した作品を観たジョシーからも日本語ではっきりと『〇〇〇〇(放送禁止用語)』と言われました。でも彼女自身ホラーやアート系作品が大好きなので、最高の誉め言葉だと受け取っています。彼女も僕と同じで、わかりやすい映画は作りたくないという信条の持ち主ですから」
逆さ吊りで体を縛られた状態の白塗りのジョシーの姿を捉えたポスタービジュアルは、彼女自身が提案。嬉々として撮影に臨んだというが「怖すぎる」という理由で香港公開の際は掲示禁止措置が取られてしまった。
最高に憂鬱な映画をありがとう
怖すぎて掲示NGというある意味ホラー映画としては名誉の勲章を受けた本作は、香港で封切られるや大ヒットを記録。現在も世界各国の映画祭を巡回しており「エストニアでは、田舎町から駆け付けてくれた女性客が『最高に憂鬱な映画をありがとう!2時間かけて観に来た甲斐があった』と大興奮で想いを伝えてくれた」と藤井監督もうれしそうだ。そして念願の日本公開が目前に迫る。
「ストーリーの中には宗教の問題や現代の日本が抱える闇を潜在的に盛り込んでいるので、心を開いて感覚的に見てほしい。『怨泊』は内出血を起こしている今の日本を俯瞰して捉えたつもり。フェデリコ・フェリーニ監督が地獄を撮ったらこのような映画になるのではないか?と思っています」
いろいろな意味で憎しみと恐怖が映画内外に図らずも織り込まれた逸品。物語の舞台であるここ日本でも大ヒットし、藤井監督の7年の悪夢が報われることを願う。