大阪府の中心部、JR大阪駅の南側に広がる関西随一の歓楽街「北新地」。高級な飲食店が立ち並び、きらびやかな世界が広がっています。そのきらびやかな世界は、ネオンで見えにくくなっているものの権力や金、美醜といった欲望の坩堝(るつぼ)です。
喧噪の表通りから一歩入ると、北新地も薄暗い場所に。じめっと湿っぽく、ゴミゴミしています。そこで暮らしているのが野良猫たちです。彼らは権力や金といったものよりも、今日どう生きるかの方が大事。そんな世界で、2014年ごろサビ猫のさやかさんは誕生しました。
全てを持つ女性との出会い
2015年、さやかさんはある雑居ビルの前にいました。そこで出会ったのは、そのビルの地下1階でサロンを経営している女性のYさん。すらりとした長身でとても美しい。飲食業だけでなく、他の事業でも成功をおさめ、夫もまた業界内では右に出る者はいないという地位に立っています。可愛い一人息子は、父親の背中を追い猛勉強中。
世の女性が欲するものを全て手に入れたYさんを、何も持たない瘦せっぽちのさやかさんは一瞥します。ここで媚びれば、今日のおまんまにありつけるかもしれません。しかし、さやかさんはそれをしなかった。白けた表情をYさんに見せ、再び路地裏へ。
さやかさんが次にYさんと出会った時には、Yさんは向かいのビルの1階に新たな会員制のバーをオープンさせていました。さやかさんは、バーの入口に敷いてあるマットが気になり、その上に座りました。高級なマットは座り心地が良く、お尻がぬくぬくに。さやかさんはとても気に入りました。
地域猫になったさやかさん
さやかさんがマットでくつろいでいる時、ふと見上げると、Yさんがちくわを持って立っています。さやかさんはそれを見て、「シャー!」と威嚇。マットを堪能しているのを邪魔されたからです。でも、Yさんがちくわを置いて離れると、厚意を無碍(むげ)にしてはいけないと口にする。
これが何度も繰り返され、気づけば5年ほど経っていました。この間、さやかさんにあげるものも、ちくわからキャットフードに変化。街の人から声をかけられるようにもなっていました。
2018年には公益財団法人どうぶつ基金が主導した北新地一斉TNR(避妊・去勢手術後に元の場所に戻す活動)で、さやかさんもさくら猫に。地域猫として愛される存在になりました。
愛される存在になったものの、さやかさんとYさんの距離はそのまんまです。
大寒波の夜
年の瀬も押し迫った2020年12月下旬、大阪府に記録的な大寒波が到来しました。コロナ禍の緊急事態宣言中ということもあり、賑やかな北新地もしんと静まり返っています。
お店は開けられませんが、Yさんと店長はさやかさんにご飯をあげるために出勤。Yさんが表の様子を見ようとドアを開けると、シュッと飛び込んできたものがあります。店内に目をやると、なんとさやかさんではありませんか。ガタガタと震え、今にも凍え死んでしまいそう。
慌ててYさんは着ていたカシミアのセーターを床に敷き、さやかさんをそこに寝かせました。セーターはエルメスの高級品であったものの、さやかさんの命には代えられません。けれど、セーターだけではさやかさんの震えは止まらなかったのです。
Yさんは店長にもっと温まるものを持ってくるように言いました。すると、店長は履いていたラクダのステテコを脱いでさやかさんの体にかけました。この店長の行動にさやかさんはほっとした表情を見せ、まだ温かいステテコにくるまりました。
突然の失踪
命を取り留めたさやかさんは、大寒波の夜からお店の従業員控室で暮らすように。それだけでなく、時折、Yさんの夫が趣味の釣りでつってきたお魚を出してもらうこともあって、さやかさんの体形はみるみる間に柔らかいフォルムとなります。
もう痩せっぽっちで眼光鋭い野良猫のさやかさんはいません。北新地に相応しい、堂々とした美しい猫に変化していました。
ところが2024年春、外から聞こえる盛りのついた猫の鳴き声にさやかさんはつられ、お店の外へ。Yさんも店長もすぐ帰ってくると思っていたのですが、中々帰ってきません。
ちょうどこの直前、Yさんは愛犬を亡くしたばかり。ペットロスの傷が少し癒えたかと思った時にこれですから、頭痛がしてきました。加えて、右目も痛くなり始め病院へ。そのまま緊急手術をするほどに。
Yさんが入院中も、皆は必死にさやかさんを探しました。もうさやかさんは、地域猫ではなくなっていたのです。
さやかさんが会いたい人
Yさんもただ入院をしているだけではありません。SNSでさやかさんが行方不明だということを発信。この悲痛な叫びを受け止めたひとりが、大阪市淀川区を中心に活動をする「大阪さくらねこの会」代表の原田玲子さんです。
原田さんはYさんの話を聞き、どれだけ彼女にとってさやかさんが大切な存在か十分伝わってきました。必ず見つけようと心に決めます。
2日ほど足が棒になるほど歩き回り、ほぼ徹夜状態の中、見つけたさやかさん。いなくなった場所から、約200メートル離れたビルの生垣にいました。すぐ捕獲器に入ってくれ、原田さんにフー!シャー!威嚇する元気があると確認した原田さんは、まずYさんへ連絡。電話口のYさんは、泣いていると分かりました。その後、大阪さくらねこの会のシェルターにさやかさんを連れていきました。
翌日は動物病院で検査と治療を行い半日入院し、夕方キャリーケースに入れられさやかさんはYさんのもとへ。さやかさんは原田さんに敵愾心を剥き出しだったのに、Yさんと店長の顔が見えると、ホッとしたかのように穏やかな表情を見せました。会いたい人に会えた喜びを感じているよう。
Yさんは初めてさやかさんを抱きしめました。そして言います。
「死ぬまで離さない」
さやかさんの今
現在のさやかさんは、Yさんの自宅隣にある会社の事務所で暮らしています。Yさんの息子に酷い猫アレルギーがあり、自宅に入ってもらうことはできませんでした。でも、Yさんはいつでも事務所にいますし、Yさんの夫にいたっては布団を持ち込んでいるほど。
元気そうに過ごすさやかさんですが、実は迷子になっている時何やらウイルスに感染したらしく、右目は白濁してしまいました。そう、Yさんが患った同じ右目です。これにもYさんは運命的なものを感じました。共に、病を乗り越える同志のような気持ちに。
Yさんは現在、さやかさんのことをこう思っているのだそう。
「神様から預からせていただいた命、精一杯大事にします」
大切に大切にされるさやかさんはまるでシンデレラ、いや、ジュリア・ロバーツ主演の映画『プリティウーマン』でしょうか。猫だから、ウーニャンかもしれませんね。
さやかさんとYさんの未来が輝かしいものでありますように。
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