新型コロナウイルスの感染拡大が明けて、ようやく観光客が戻り始めた全国各地の観光地。活気が戻ってきたことは素直に喜ばしいことだと言えるだろう。しかしその一方で、オーバーツーリズムや観光客のゴミ処理など、賑わうからこその問題も浮き彫りになっている。
秋の行楽シーズンを終えた京都・嵐山は国内はもちろんのこと、インバウンドの人気も高い世界的な観光地の1つ。
その嵐山には、嵐山の自然環境を保全・継承するために地域住民が活動する嵐山保勝会という自治組織がある。保勝会の一員として活動する株式会社カンコウタイシの若き会長・小田滉稀さんに話を伺うと、オーバーツーリズムなどの観光課題に最前線で向き合っているからこそ見える事実が明らかになった。観光地が抱える「ホント」の問題は、どうやらオーバーツーリズムではないらしい。
◆小田滉稀(おだ・こうき)さん
19歳で婿養子に入った事をキッカケに3代目として観光事業に参画し、実業家としての一歩を踏み出す。京都を中心に観光地にて、不動産事業、店舗運営事業、マーケティング事業等で5社を立ち上げ、現在では自身の領域であるマーケティング事業を主とした株式会社カンコウタイシを設立し取締役会長へ就任。事業継承問題への取り組みを始め、観光地や観光業への企業誘致を行う等、地域の観光課題に向き合い、観光市場全体の発展を促進する為にグループ会社で一丸となり日々邁進中。
観光客は戻った……でもオーバーツーリズムじゃない?
――秋の行楽シーズンが終わりましたが、観光客の戻りはどうでしょうか?
小田 観光客数に関しては正確なデータは集計されてませんが、コロナ前の2019年比で30%増くらいのデータが出だしているところです。海外からの観光客層に関してはコロナ前とは変わっています。
――3割増はすごいですね。嵐山に限らず、観光地ではインバウンドを含めたオーバーツーリズムがたびたび話題に上がります。嵐山もゴミの問題などでメディアに取りざたされていますが、オーバーツーリズムの問題はやはり深刻ですか?
小田 オーバーツーリズムや観光公害が言葉のトレンドになっているのですが、実態は少し違っていて……。
オーバーツーリズムとは観光資源のキャパシティを観光客数や需要が越えてしまっている状況を指す言葉ですが、観光資源を使い切れていないことが大きな要因で、実際のキャパシティにはまだ余力があるっていうのが実態を因数分解して見えてきた現状です。
グルメスポットなどのコンテンツが集中してる箇所に観光客が過剰に集中してしまう。なので嵐山のどこでも人で溢れているというわけじゃないんですよ。
――とすると、しばしば報道されるオーバーツーリズムというのは観光客の偏りが見せる一側面に過ぎないってことなんですね。
小田 嵐山は渡月橋のある長辻通がグルメや露店などのコンテンツが豊富なエリアになっていて、嵐山と言ったときに多くの方が想起するような豊かな自然を感じられる亀山公園エリア、トロッコ・嵐山エリア、ニ尊院エリアなどはまた別のエリアにあるんです。
ですがコンテンツが豊富な渡月橋周辺の限られたエリアに人が集中し、それ以外のエリアはまだキャパシティを残しているというのが実際の姿です。
原体験の感動を、嵐山観光の中心に
――一極集中によって引き起こされている問題はありますか?
小田 まず、人口密集によって満足に楽しめていないんじゃないかと不安に感じます。
嵐山って調べると亀山地区の綺麗な景色などの写真が出てくるので、綺麗な紅葉や豊かな自然をイメージしますよね。
でも、実際来てみると綺麗な自然を楽しむのではなく、人混みに疲れてしまう……みたいなことになるので、観光としての満足度が下がっているんじゃないかと危惧していますね。
――亀山地区など嵐山本来の自然を楽しめる場所からの情報発信が足りていないということになるのでしょうか…。
小田 それももちろんありますし、まずはオフライン上でもそこに向かいたくなるような自然を感じられる体験型のコンテンツが足りていないと考えています。
今はバラバラのアジェンダになっている行政・地域住民・商売人がそれぞれ抱える問題の管理・解決を担いながら、町のプロジェクトとして嵐山全体の開発を進めていくのが、保勝会が担っていかなければいけない役割です。
――バラバラになっている問題を町全体の”自分事”にしていくことは重要ですね。
小田 そうですね。
それに加えて、私が1番問題視しているのは、30代以下の観光客が嵐山で最も想起するのが「四季」ではなく「食べ歩きやグルメコンテンツ」というアンケート調査の分析結果が示す現状です。ここ30年ほどで嵐山の中にあるコンテンツが食べ歩きやグルメに寄り、 SNS等で発信される情報の割合も多くなった事で、嵐山を認知する機会が「コンテンツ>四季」と様変わりしています。もちろんこれ自体はすごくいいことで、ありがたいことです。
ですが、長期的に考えるとトレンド性の高いコンテンツに左右される街になってしまう可能性があると考えています。
嵐山は京都の中でも特に四季が豊かに感じられ、エリアも広く自然などの観光資源が強いエリアです。理想とする形は、四季を感じ、自然に調和したコンテンツ作りを続けることで何世代にも渡って「嵐山=四季」と想起される、歴史ある嵐山が続いていくことだと考えています。
小田 また、「コンテンツ>四季」の現状と無関係ではないのですが、観光売り上げが自然に還元されづらくなっていることも向き合っていかないといけない問題だと思っています。
森林環境税が2024年から開始されますが、嵐山でも同様の課題を感じていて、観光売上を伸ばすことによって生まれた利益が自然環境に還元されないと保全・継承していくための環境投資ができません。投資がないということは、当然、自然環境も劣化していきます。10年、20年と現在のようなコンテンツ消費だけで観光を進め、今ある「嵐山=四季」という想起が薄れていくと、自然が美しい嵐山を保つことができなくなる危険性があると感じます。
このままだと10年後、嵐山の紅葉は枯れてしまっているかもしれません。そうなると、もう観光客も嵐山の紅葉に期待しなくなります。それは嵐山にとって大きな損害です。
そういう部分が僕らの問題意識の根幹にあります。
――そうした問題は嵐山以外の観光地でも抱えているものなのでしょうか?
小田 私たちは清水寺エリアや伏見稲荷エリアでも商売をやらせてもらっているんですが、同じ課題はあります。
なので嵐山特有というわけではなく、観光地域では共通の課題だと感じています。
――まずは世界的に見ても人気の高い観光地である嵐山が改革の先陣を切り、成功のロールモデルになっていくといいですね。
小田 嵐山は「長辻通のメインストリート」、「中之島地区」、「亀山エリア」、「トロッコ・嵐山エリア」「二尊院エリア」、少し足を延ばせば「小倉エリア」まで、いくつかのエリアで分けられるんですが、そう考えたときにそれぞれのエリアに役割分担をしていくことが重要だと思っています。
ただトレンドの店を散りばめたりするのではなく、例えば、長辻通ではコンテンツを楽しむ、亀山地区は自然を楽しむ、中之島地区ではイベントを開催するみたいに、1つのテーマパークのような設計をしながら1つ1つ開発をしていくことで観光に来てくれた人たちが色々な角度で嵐山を楽しむことができるようになったらいいなと思います。
そのためにもまずは、こうありたいっていう嵐山への共通認識をしっかりと街全体で持つところから始めていきたいです。
――最後に、小田さんから見て嵐山の魅力を改めて聞かせてください。
小田 コンテンツも、自然も、両方楽しめるのが嵐山なので、訪れた人にもどっちの魅力も感じてほしいと思います。
特に亀山公園地区やトロッコ嵐山エリアは自然が本当に綺麗で、絶景ポイントが多くあります。ぜひ1回行ってほしいです。地元なんですけど、訪れるたびに「ああ、いいな」って思えます。
これからもこの感動体験を嵐山観光の中心にし続けていきたいですね。
◇ ◇ ◇
小田さん曰く、保勝会を構成する人は60代以上の高齢者が中心になっているという。
「孫みたいな年齢」の小田さんたちが嵐山の保全・継承活動に参入することは、間違いなく新しい風となっているだろう。
自分たちを「行政・地域住民・商売人をつなぐ立ち位置」と言っていた彼らは、自分たちが先達から嵐山を守っていく意志を受け継いだように、嵐山の自然と伝統を未来の世代へつなぐ役割も担っている。
コロナウイルスの流行で大打撃を受けた観光業は、1度徹底的に破壊されたからこそ、新たな創造と再構築の局面を迎えているのかもしれない。
【取材協力】
▽嵐山保勝会
https://www.arashiyamahoshokai.com/
▽株式会社カンコウタイシ
https://kankotaishi.com