ソフトバンクホークスと契約、日本シリーズにも出場した「京都の普通の大学生」 その知られざる素顔とは

国貞 仁志 国貞 仁志

 対戦型のコンピューターゲーム「eスポーツ」で、日本の子どもや若者に絶大な人気を誇っている野球のモバイルゲームがある。

 日本一を決める大会には70万人以上のユーザーが参加すると言われ、秋から冬にかけて日本プロ野球機構(NPB)とゲーム会社が共催する最高峰リーグは、セ・パ12球団がチームを持って覇権を争い、eスポーツ版の「日本シリーズ」まで行われる。

 その「プロ」プレーヤーたちは、どんな生活を送り、どのぐらい報酬を得ているのだろうか。

 昨シーズン、福岡ソフトバンクホークスの一員として「日本一」になりMVPを取った京都の大学生がいると聞き、会いに行った。

 龍谷大3年の前野拓光(たくみ)さん(21)は10月中旬、大阪市内の自宅でタブレット端末の画面に目を落とし、タッチペンで操作しながらオンライン上の誰かと対戦していた。

 「これ、ホームランですね」

 さらっと言うと、かつてロッテや中日で活躍した元三冠王の落合博満さんが打った打球は、あっという間にスタンドイン。前野さんがこのゲームの中で集めた野村克也さんや門田博光さんら、球界のレジェンドを並べた強力打線は、その後も得点を重ねて圧勝した。

 「プロ野球スピリッツA(プロスピA)」というKONAMI(コナミ)の人気モバイルゲームは、NPB12球団の現役選手だけでなく、過去の名選手も実名で操作できる。選手の能力は成績が反映され、打者の構え方や投手の球種までリアルに再現している。

 試合は1対1で対戦し、プレーヤーが操作するのは打者と投手。バッターならタッチペンを使って、来た球にカーソルを合わせ、ペンを画面から離すとスイングする。ピッチャーの時は球種やコースを決めて投げる。リアルの野球と違い、3イニング制で勝敗を決める。

 前野さんは「マエサン」というユーザー名でプレーしている。「浪速の安打製造機」のニックネームよろしく、相手の守備シフトの間を抜く正確な打撃が持ち味だ。投手が投げたボールの回転を見て即座に球種を判断し、タイミング良く振って、狙った位置に打球を飛ばす。

 前野さんがいとも簡単に打つのを見ていたら、40代の記者も挑戦してみたくなった。プロスピAは一度もプレーしたことはないが、子どもの頃や学生時代は「ファミスタ」「パワプロ」といった野球のコンピューターゲームで友人と腕を競い合った1人。

 「当たるかもしれないけど、たぶんヒットは打てないと思いますよ」

 前野さんに笑われながら、コンピューター相手の練習モードを選び、バッターボックスに入る。しかし、タイミングが合わなかったり、バットに当たってもファウルになったり。私の「落合博満」は一本だけまぐれ当たりのホームランが出たが、後は鳴かず飛ばず。

 代わって前野さんの「落合」が打席に立つと、面白いようにホームランと長打を連発した。やはり「プロ」は違う。「このゲームで基本的に必要なのは集中力と反射神経です」と語る姿にはプライドがにじんでいた。

 前野さんは、なぜこのゲームにハマったのか。

 元々は野球少年だった。小学2年から高校3年まで野球に打ち込み、内野手としてプレーした。3年夏の大阪大会は強豪・大阪桐蔭高校と対戦した。

 一方、ゲームはチームメートとたまにする程度。世間一般で言われる「ゲーマー」でもなんでもなかった。

 大学生になって時間ができ、スマートフォンでプロスピAを楽しむ時間が増えた。オンラインで対戦相手を探し、試合を繰り返した。「強くなると楽しいやろうな」と思い始め、1年の秋にタブレット端末を購入。同好者のコミュニティーに所属し「やり込む」ようになると、みるみるうちに強くなった。

 大学2年だった昨年の夏。NPBとコナミが共催する「eBASEBALLプロスピAリーグ(スピリーグ)」で各球団3人の選手を決める選考会に出場した。とんとん拍子に予選、本戦を勝ち抜き、面接もクリア。大ファンでもある福岡ソフトバンクホークスの一員になった。

 スピリーグは、セ・パ二つのリーグに分かれ、11月から総当たりの「eペナントレース」を約1カ月かけて行う。過去のレジェンド選手や日本人メジャーリーガーは使えず、各球団に在籍する現役選手でプレーする。

 スピリーグはオフラインで行われるため、前野さんは週末のたびに東京の試合会場へ行った。会場には大勢の観客が入り、試合の模様はスクリーンに映され、ライブ会場のように盛り上がる。ユーチューブの公式チャンネルでも実況中継される。

 前野さんのホークスはパ・リーグで1位になり、上位チームによるクライマックスシリーズも突破。3戦先取の「e日本シリーズ」ではセ王者の広島を破り、王座に就いた。

 前野さんは競技歴が浅く、ほぼ無名のルーキーだったが、打率6割1分8厘と打ちまくった。パ・リーグの首位打者、最多打点の二冠になり、シーズンのMVPに輝いた。

 気になる報酬は、チームの成績や個人タイトルによって上下する「出来高払い」のような形になっている。前野さんは12球団の全36選手の中で最高額の約80万円を獲得した。

 e日本シリーズを中継したユーチューブ動画は42万回の視聴回数を記録。一躍有名になった「マエサン」のSNSはフォロワーが急増し、オフラインの試合後には会場外でファンの「出待ち」を受けたことも。

 約70万人がエントリーし、3月に行われた個人日本一を決める全国大会でも準優勝した。

 「タブレットを買って半年でプロになって、スピリーグで優勝してMVPまで取れた。ホークスと契約させてもらい、お金までもらえて。考えてもなかったことが起きている」と、前野さんは急激な変化に驚く。

 もっとも素顔は「ただの大学生」。授業やアルバイトに励んでいる。

 龍谷大では文学部日本語日本文学科で情報出版学コースを専攻し「今は太平洋戦争で新聞報道が民衆に与えた影響を学んでいます」。3年までに取得できる単位は取っており、自宅近くのドラッグストアでのアルバイトも続ける。大学卒業後は一般企業への就職を考えている。

 「世間のイメージって、ゲームをやっている人は家にとじこもって、それしかしていないと思われがち。僕はプロスピの練習は多くても1日3~4時間。他の大学生がクラブ活動やサークル活動をするのと一緒で、僕の場合はそれがプロスピだっただけです」

 今季のスピリーグは11月11日に開幕した。全体の選手報酬は昨季より増額され、総額860万円。選手は成績次第で最大120万円を獲得でき、大会はよりメジャーになっている。

 前野さんは今季もホークスのユニホームを着る。ルーキーだった昨季と違い、他チームからマークされることが予想されるが、人に見られたり、注目を浴びたりするのは好きなタイプ。重圧よりもワクワクの方が大きい、という。

 「ホークスの名前を背負っている。チームにはスポンサーさんも付いているし、ファンもいる。2連覇出来るのはホークスだけ。日本一になります」

 大学生の「前野さん」から、eスポーツプレーヤー「マエサン」の顔になった。

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