「最大の発見」「並外れた存在感」仏メディア絶賛の新星ポール・キルシェ 短髪の頭をなで「スシ職人になるために坊主頭にしてきたよ」

石井 隼人 石井 隼人

「自分の主演映画を引っ提げての来日は初めてだから、寿司職人になるために坊主頭にしてきたよ」

フレンチジョークをかまして短髪ヘアを照れくさそうになでるのは、フランス人俳優のポール・キルシェ(21)。その主演映画『Winter boy』(12月8日全国公開)で、第70回サン・セバスティアン国際映画祭の主演俳優賞に最年少で輝いた逸材だ。

フランスメディアは「彼こそ最大の発見」「超新星」「並外れた存在感」とこぞって絶賛。それもそのはず、母は『ふたりのベロニカ』(1991年)でカンヌ国際映画祭の女優賞を獲得したイレーヌ・ジャコブで、父ジェローム・キルシェも実力派という俳優一家に育ったサラブレッドなのだ。

カメラの前で自ら丸刈りに

驚かされたのはその短髪ヘア。というのも主演作『Winter boy』でのポールは、フワフワカーリーヘアの長髪だったから。

「普段は『Winter boy』で映されているような長髪が多いけれど、別作品の役作りのためにこんなに短い髪型になりました。来日してから女性誌系のインタビューをたくさん受けてきたけれど、短髪ヘアについて聞いてくれたのは君だけだよ。ほかはみんなノーコメントだった」

「似合っている」と通訳を介して伝えると、「ホント?メルシー!長髪時代に比べて視界はクリア。お風呂も超楽。ササっとやって終わりだからね」と屈託なく笑う。

聞くところによると、別作品のとあるシーンの撮影のためにカメラの前で自らバリカンを使ってスキンヘッドにしたらしい。「撮り直しの効かない一発本番だから超緊張。カメラの前で自ら髪の毛を剃り落とすなんてシュールすぎる状況だよね。テイク1ではバリカンのスイッチを入れた瞬間に急に怖くなってプププってついつい吹き出してNGを出しちゃった。無事に丸坊主になってOKになった時はスタッフ全員が『おお…』って感じだったよ」

フランスで成人が坊主頭になるリスク

恋人からは「早く伸びてほしい!」と口酸っぱく言われているそうで、友人たちからは「いいじゃん!」と概ね好評だとか。ただフランスというお国柄、丸坊主になりたて当初は日本にはない不安があったそうだ。

「フランスでは成人男性が坊主頭にすると『お前ネオナチ(極右)か!?』という目で見られる。撮影のために必要だったとはいえ、丸刈り当初は街で揉め事に巻き込まれるのではないかとドキドキ。今では髪も伸びてきたから大丈夫だけれど、あそこまで丸坊主にしたのは人生初だったからさ」

300人の中から選ばれた逸材

そんな役者魂の持ち主であるポールは、約300人近いオーディションを勝ち抜いて『Winter boy』主役の座を手にした。26歳で作家デビューし、自身のセクシャリティをオープンに表現したクリストフ・オノレ監督による自伝的物語だ。

「俳優であるような演技を見せようという意識を持たず、ありのままの若者の姿を見せたから選ばれたのではないかと思う。現代の思春期の若者のエネルギーをそのまま提示できたのが勝機だったかな。オノレ監督は、透明なガラス越しから見る思春期の少年像というイメージをこの映画に持っていたように感じたから」

その演技が高く評価されて、最年少で第70回サン・セバスティアン国際映画祭の主演俳優賞を受賞したほか、2023年のセザール賞とリュミエール賞にもノミネートされた。

「まさか主演映画2本目にして賞がもらえるなんて思わず、本当にビックリ。自分の人生の中でも何らかの賞をもらったのはこれが初。オノレ監督が僕を選んでくれて、素晴らしい形に映してくれたことに感謝だよ。両親も受賞には大喜びで、僕自身も親孝行が出来た気分。この映画を撮るときは実家から離れていたわけで、その期間に僕がどのような仕事をしていたのかを家族に見てもらえたのも感慨深いよ」

母親は日本のテレビや舞台に出演

母イレーヌは日本とも縁が深く、NHKのドラマ『詩城の旅びと』や青年団の舞台『変身』、深田晃司監督の映画『さよなら』などに出演している。日本での母の仕事に帯同する形で、ポール自身も子供のころから日本に長期滞在することがあったという。

「母が出演した舞台も日本で観たし、日本のスタッフの皆さんはとても温かくて、来日の思い出はいいものばかり。今回も時間を見つけては自転車を借りてサイクリングをしまくっているよ。日本の文化も好きで、子どもの頃は『ドラゴンボールZ』にハマった。最近観た日本映画では『ドライブ・マイ・カー』が素晴らしかった。セリフと独特な沈黙の間。僕も日本映画に出てみたいとは思うけれど、そのためには日本語を覚えないとね」

思い出の地・日本で主演作の初公開が控える。嬉しいことが一つある。「日本では『Winter boy』というタイトルで公開されるけれど、フランスの公開時は『Le lyceen(高校生)』だった。でも企画段階も脚本に書かれていたタイトルも『Winter boy』。スタッフ・キャストもこの映画のことをずっと『Winter boy』と呼んでいた。だからある意味で、この映画本来の形に戻っての日本公開と言えるだろうね」。長髪でも短髪でも、ポール・キルシェは人懐っこい好青年だった。

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