ジャニーズ事務所における性加害問題に関する「外部専門家による再発防止特別チーム」による調査報告書が出されました。
報告書では、ジャニー氏による性加害が、多数のジャニーズJr.に対して、広範に長期間にわたり繰り返されたことが認定され、事務所の不作為やマスメディアの沈黙が被害を拡大させたと指摘。そして、被害者の救済措置制度創設や、再発防止、ガバナンスの強化策等が提言されました。
なぜ、こんなにも酷いことが、これほどの長きに渡って、行われ続けてきてしまったのか。報告書では、その原因や背景を見極め、被害者を救済し、事務所やマスメディア、エンターテイメント業界の風土そのものを変えねばならない、という強い意思と覚悟を感じます。
「ジャニー氏の言う通りにしなければデビューできない」という、芸能界を目指す子ども・若者たちの夢につけこみ、権力を悪用して自らの欲望を満たそうとする、極めて卑怯で悪質な行為であり、断じて許されるものではありません。
特に、被害者の方々の心情についての記述は、涙無しには読み進めることができませんでした。「我慢するのが通過儀礼」「活躍を喜んでくれる親に、被害を言えなかった」…。当時はもちろん、その後の人生において大きなトラウマになり、フラッシュバック、人間不信、自己否定、恋愛や人間関係への深刻な影響など、その後の人生の長きに渡って、被害者を苦しめ続けていることが、改めて浮き彫りにされています。
社会の中で、同様の被害はたくさん起こっている
性被害を含む児童虐待問題に長年携わってきた者として、(報道ではあまり言及されないので)まず申し述べたいことがあります。今回の件を、特異なスキャンダラスなケースとせずに(同一加害者による被害人数の多さや、背景等は、もちろん特筆すべきですが)、広く社会における被害に目を向ける契機にしていただきたいのです。
学生時代から児童養護施設でボランティアをし、厚労省でも政治の場でも、児童虐待の被害に遭った子どもたちや、その後成人された方々とずっと接してきました。こうした被害に遭っている方は、決して少なくないのです。
報告書の中で、「ジャニー氏には、パラフィリア(性嗜好異常)が存在していたことを強く裏付ける」とされています。
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※「パラフィリア症」は、WHO(世界保健機関)による国際疾病分類(第11回改訂版(ICD-11))において、「精神障害、行動障害、または神経発達障害」のひとつとして、以下のように定義されています。
・性的思考、空想、衝動、行動に現れる。持続的かつ非常に強い、非定型的な性的興奮のパターンを特徴とする。
・年齢や状況により当該行為に同意したくない・同意できない他者(例えば、思春期前の小児、窓から覗かれている危険に気付いていない人、動物など)を巻き込むことを中心とする。
・自身や他者に著しい苦痛やケガや死の重大なリスクを伴う、他の非定型的な性的興奮のパターンを含む場合もある。
・露出症、窃視症、小児性愛症、強制的性サディズム症、窃触症などがある。
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強い立場にある者(家族・親族やその知人、教師やスポーツの監督者等)が、自身の性嗜好異常を、弱き立場にある者に対してぶつけることは、エンタメ界のみならず、家庭や学校などでも、決して珍しいことではありません。
2021(令和3)年に、認知された強制性交等の被害者を年齢別に見ると、未就学児9件、小学生112件、中学生156件、高校生199件となっており、10代以下が4割を占めます。
児童相談所に相談のあった性的虐待の事案は2,247件(2021(令和3)年度)、検挙件数は、強制性交等116件、強制わいせつ178件(2021(令和3)年)となっています。被害者との関係別で見ると、強制性交等(116件)の内訳が、実父46件、養父・継父55件、母の内縁の夫7件、親族など男性保護者8件、実母2件。強制わいせつ(176件)の内訳が、実父79件、養父・継父71件、母の内縁の夫16件、親族などその他男性保護者10件、実母2件となっています。また、監護者性交等の検挙件数は82件、監護者わいせつの検挙件数は99件(2021(令和3)年)となっています。
性被害に遭っても「だれにも相談しなかった」という子どもが半数以上(52%)となっています。
※2021(令和3)年における少年非行、児童虐待及び子供の性被害の状況(警察庁)、2021(令和3)年度 児童相談所での児童虐待相談対応件数(こども家庭庁)、2022(令和4)年犯罪白書(法務省)
そして強調すべきは、こうして表面化・事件化されるものは、実際の被害のうちのほんの一部・氷山の一角に過ぎないだろうということです。今この瞬間も、地獄のような苦しみの中にいる子が、たくさんいます。
性被害は、被害者の心や身体や人生を根底から破壊する、本当に酷いことです。「こうしたおそろしいことが起こり得るのだ」という認識の下、子どもたちに、そういう被害に遭わないようにするにはどうしたらよいか、もし遭ってしまったらどうしたらよいか、をきちんと教える。そして大人は、子どもをそういう環境に置かないように気を付ける。しかし、本来は子どもの一番身近にいて、子どもを守らなければならない人物が、加害者であるケースも多く、そのことが、この問題を複雑で闇深いものとしています。であるからこそ、皆がアンテナを張り、そういう子どもを見つけたら、皆で全力で救い出すということが必須です。
我が国は、ただでさえ、児童虐待や性犯罪に対する対応が緩いと言われ、特に家庭に対する行政や警察の強制的な介入の力が弱いと言われる中、システムを改善していくとともに、私たち一人ひとりが、こうしたことへの意識を高め、子ども・若者を救うのだという機運を持っていくことが、大切になってくると思います。以前に比べれば、被害に遭っている子どもから相談を受けた場合の対応について、学校や児童相談所が迅速適切に保護につなげるよう、関係各所の認識が高められてきていると思いますので、被害に遭われている方は、諦めず絶望せずに、声を上げていただきたいと思います。
先週出演した生放送のテレビ番組で、被害に遭った元ジャニーズJr.の方が出演され、お話をしてくださいました。(ご本人に事前に了解をいただいた上で)「どうやって心の傷と向き合って来られたのか、今この瞬間も被害に遭っている子どもたちに伝えたいメッセージは」とうかがったところ、「ずっと苦しんできたが、医療的ケアも受けて、改善した。今苦しんでいる人は、どうかひとりで抱え込まないで」とお話されていました。
また、パラフィリアが実行に移された場合、性犯罪を構成する可能性が高いことにかんがみれば、精神疾患としてのパラフィリアについて、医学的な治療(認知行動療法や薬物療法など)を行い、なんとかくい止めることが、被害者を生まないためにも、患者本人や家族のためにも、社会のためにも必要です。疾患を有する本人が自発的にというのは難しいかもしれませんので、家族や周囲の人間が医療につなげることが求められると思います。専門医の育成とともに、こうした認識を社会が共有していくことも重要だと思います。