※この記事は「ペットの謎の体調不良…身近な「化学製品」が原因かも ヒトより高濃度の有害物質を検出…影響を受けやすい理由は【犬猫の化学物質過敏症・前編】」に続く後編となります。獣医師の小宮みぎわ氏が、具体的な事例をもとに、動物たちの健康を脅かす化学製品の実態について紹介します。
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さて、ここからは私が診察で経験した『ヒトは大丈夫…でも犬猫は?』症例について挙げていきます。人間には特に症状が無くとも、犬猫ではときに命にかかわるような症状がでてしまった化学物質について、お話いたします。
これは、『ヒトは安全』という意味ではなく、『それが高濃度になればヒトも症状がでる』ということです。また、動物はヒトも含めて『個体差』というものがあります。工業製品であるたとえばスマホには個体差はほとんどありません。あったら購入者が困りますから売り物にはなりません。ですが、動物には個体差があるので、その化学物質が高濃度でなくとも、Aさんは大丈夫でBさんは症状が出てしまうことも、もちろんあるのです。
また、それらの商品ひとつひとつは『安全性が認められている』ということにはなっていますが、いくつか問題点があります。まず、①家庭内ではそれらの商品を推奨量で使用しているとは限らず、②さらにこれらの商品は複数併用されることもあり、③また短期間の使用ではなく連日何カ月も、あるいは何年にも渡って使用することもあり、、、こうなると年単位で使用した安全性のデータはほぼあまりまりません。そして、④ヒトと犬猫、実験室で使われるマウスやラットは動物種が異なるため、化学物質に対する反応もかなり異なってきます。たとえば同じくらいのサイズであるハムスターとモルモットでも、ダイオキシンのひとつTCDDの半数致死量(LD50)は10000倍も異なります。ですから、実験動物のマウスで安全だったからと言って体重換算で出した安全量がヒトや犬猫に安全とは全く言い切れないのです。
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【ケースレポート1】
3歳の避妊済み雌猫がある時から下痢になり、あちこちの動物病院で診察してもらったのですが一向に良くなりませんでした。アレルギーかもしれないということでアレルギー食のみを食べてみましたが、全く変化がありません。そのうちに4.6キロあった体重は1年で3.2キロになってしまいました。
飼い主さんは猫とウサギを買っていましたが、彼らが排泄するたびにそれをふき取って消臭スプレーを撒いていました。床はこまめに家庭用洗剤で拭き掃除をしていました。ある日、この猫のすぐ横で消臭スプレーを使用していたところ、激しく嘔吐しだしてやがて下痢が始まりました。飼い主さんはそこで初めて『この子の下痢の原因は消臭スプレーではないか?』と思い立ち止めてみたところ、見事に下痢が止まりました。
それから数年がたち、ある日消臭効果を謳ったのトイレットペーパーをネットで購入し、段ボール未開封のままトイレに置いたところ、その猫が再び激しい嘔吐に見舞われ、すぐに返品したところ目に見えて症状が消失したそうです。
【ケースレポート2】
5歳の避妊済み、雌の日本猫(体重3.9 kg) が元気・食欲がないとのことで来院されました。診るとややぐったりしていて力が入らない様子で、軽度に呼吸が速くなっていました。お話をうかがうと、前夜に飼い主さんが塩素系洗浄剤(主成分は次亜塩素酸ナトリウム)の泡スプレーで浴室を掃除する様子を、すぐ後ろで見学していたことが判明しました。私は次亜塩素酸ナトリウムの吸入が原因と疑い、入院といたしました。入院当日の血液検査では軽度腎機能が低下していましたが、胸部のレントゲンで異常は認められませんでした。
しかし、入院3日目に呼吸困難となり、6日目にレントゲン検査ではっきりと胸腔に水が溜まっていることがわかり、その水を抜きました。心臓は大きくなっており、心筋が壊れていることが評価できる高感度心筋トロポニンという数値は8.441 ng/mL で正常値のおよそ70倍でした。
幸いにもこの猫は治療で状態が改善し、入院10日目で退院となりました。その後、7年が経ちますが、以来飼い主さんは、空気中に漂う化学物質に気を遣うようになり、タバコやアロマテラピーも止め、この猫は今も元気です。ヒトでも健康被害の報告があります。使用には十分注意しましょう。
【ケースレポート3】
近年、家庭内の空気中に様々な化学物質が浮遊しており、それが原因で咳などの呼吸器症状を起こす犬猫が増えています。そして、その化学物質にさらされるのが高濃度や長期の場合には、喘息や肺炎などに罹ってしまいます。
先日も、姉妹の猫がワクチン接種に来られました。最近の健康状態についてお聞きしたところ、飼い主さんが 「そういえば最近、ひとりだけ空咳をします。」とおっしゃいました。私は 「もうひとりには咳が無いので、香害では無いのかなぁ…」と考えていると、飼い主さんがおっしゃいました。 「きっと香り付き猫砂に替えたからだと思います。咳をする子は、トイレで念入りに砂をかくのですが、咳をしない子は、全く砂をかかないんです」
なるほど…と思いました。猫は排泄後に前足で砂を掘り返し、巻き上がる微小な粒子を吸入してしまいます。また、排泄物のニオイを何度も嗅ぎながらその行動をとる子もいますので、なおさら猫砂の成分を吸入してしまいます。さらに被毛についた成分はグルーミングでなめとってしまいます。
最近は、消臭・抗菌機能付きを謳った猫砂ばかりが販売されていますが、どんな成分で消臭・抗菌しているのかは不明です。メーカーは安全試験を行っているので安全ですとしかおっしゃいません。ですが、他の化学物質も浮遊している一般家庭で長期使用した場合の安全性は試験されているのでしょうか? 少なくとも菌が繁殖しないような化学物質が使われていれば、それはヒトや犬猫の体内に入っても抗菌を発揮して、私達の大事な腸内細菌のバランスを壊しますね。さらに川や海、大気に拡散すれば、自然界の細菌バランスを壊します。そこまで言及せずとも、上述の猫は猫砂で喉の粘膜を刺激されて咳を誘発していると推測出来ますね。
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これまで述べてきたように、犬猫のなかなか治らない皮膚病、嘔吐下痢、てんかん発作などに、環境中の化学物質が関与していることがあります。疑わしい化学物質がある場合には、それらの使用を中止してみて症状に改善が見られるかどうかを確認なさることをお勧めします。
◆小宮みぎわ 獣医師。滋賀県近江八幡市「キャットクリニック ~犬も診ます~」代表。2003年より動物病院勤務。治療が困難な病気、慢性の病気などに対して、漢方治療や分子栄養学を取り入れた治療が有効な症例を経験し、これらの治療を積極的に行うため2019年4月に開院。慢性病のひとつである循環器病に関して、学会認定医を取得。