差別と貧困、色と欲。人間の泥臭い業を軸に、密度の濃いエンタメ小説を次々と発表している作家赤松利市さんの新作「救い難き人」が完成。7月下旬から全国の書店に並び始めた。姫路や加古川といった兵庫県の播州エリアを舞台に、巨大産業「パチンコ」に群がる男たちの狂乱を怒涛の筆致で描き切った。路上生活を経て62歳で作家デビューし、「最後の無頼派」とも称される現在67歳の赤松さんにインタビューを敢行した。
社長解任→除染作業員→58歳で路上生活者に
かつては会社経営者として鳴らし、一晩で100万円散財して豪遊するなど、ひたすら破天荒な日々を送っていたという赤松さん。しかし無茶が過ぎたのか、53歳のときにあろうことか社長を解任されてしまう。東日本大震災の被災地で除染作業員などをして食い繋いできたが、58歳でとうとう路上生活者に。還暦を過ぎて「このまま終わるのか…」と一度は人生を諦めかけたが、「最後に本でも書いてみよう」と思い立ち、ネットカフェを渡り歩きながら書き上げた「藻屑蟹」がなんと第1回大藪春彦新人賞を受賞。「62歳、住所不定、無職」という衝撃的なキャッチコピーで華々しくデビューし、以降、わずか2年半の間に15冊も刊行するなど、無茶苦茶なペースで作品を発表し続けている。
最新作「救い難き人」の主人公は、在日コリアン2世のマンス。父ヨンスクに殺された母の復讐を誓い、父が経営するパチンコ店に見習いとして就職する。社長の息子であることを隠しながら下働きをするマンスは、父を地獄に叩き落とすための計画を水面下で着々と進めていく。生馬の目を抜くパチンコ業界を舞台に、金に魅せられた怪物たちの壮絶な騙し合いが幕を開ける—。
「差別される側の『在日』、そして『貧困層』を象徴する2人をメインのキャラクターに据えて、理不尽な差別によって生まれた怪物の物語を書きました。タイトルの『救い難き人』は、もちろん主人公のマンスたちのことですが、それと同時に、今の日本に生きる誰もがそうだという私なりのメッセージを込めています」
「元パチプロです」
そう語る赤松さん自身、若い頃はパチンコで生計を立てる、いわゆる「パチプロ」として生きていたという。
「大阪の十三で半年くらいパチンコの稼ぎで暮らしていました。昔の手打ち式ね。それやったら絶対勝てます。朝の10時から打ち始めて、15時くらいになると『軍艦マーチ』がかかって、店員に『プロの方はご遠慮いただけませんか』って肩を叩かれたものです。当時の金額で1日8000円くらいはコンスタントに稼いでいましたね」
「調子に乗ってスナックに飲みに行ったりもしていましたが、そこで知り合った怖い人に怪しい仕事を持ちかけられて、それがどう考えてもやばい内容で。それで十三には近づかんようになって、パチンコからも足を洗いました」
話はそれるが、在日コリアンとパチンコ業界といえば、昨年Apple TV+でドラマ化されて大きな話題になった、ずばり「パチンコ」というタイトルの小説(著者:ミン・ジン・リー)が想起される。聞けば、活字中毒の赤松さんは当然のように読んでいたそうだ。
「あれがあったんでこの小説に『パチンコ』というタイトルをつけられなかったんですよ! あっちなんて、パチンコ業界のこと書いてあるのなんてほんまにちょっとだけでしょう。何を勝手にタイトルにしとんねん、と思いましたけど」
そんな当たり屋みたいなことを真顔で言う赤松さんだが、念のために読んだ感想を確認すると「面白かった! 上下巻、ハードカバーで一気読みでしたね」と大絶賛。タイトルを先に取られてしまったのは痛かったが、それでも良いものを良いと素直に認めることは、やぶさかではないらしい。
6回の全面改稿でたどり着いた新境地
閑話休題。「救い難き人」は、主人公の一人称目線でラストまで一気呵成に読ませてしまう。そのリーダビリティの高さにはとにかく圧倒されるしかないが、赤松さんが言うには、「今回は読みやすさを捨てた」らしい。どういうことなのか。
「6回全面改稿して、週刊誌連載からどんどん捨てていったんです。エピソードは半分くらい削ったかな。そもそも、連載時は一人称ではなく三人称で書いていたんですよ。でも単行本化するに当たって読み直して、三人称では主人公の気持ちがしっかり出ていないと感じました。物語の時間軸も、主人公が生まれる前から初老までと長いでしょ。時間経過によって、言葉遣いや物の見方、感じ方も当然変わるので、三人称だとどうしても説明過多になります。というわけで一人称に全面改稿ですわ」
そんなこんなで今年の3月刊行に向けて完成稿が上がったが、赤松さん、一人称でマンスに加えて別のメインキャラクターの「2人」の視点にすれば物語にもっと深みが生まれるのでは…と思いついてしまう。担当編集者に「悪いけど3月に出すのは諦めてくれ」と断り、血を吐く思いをしながらまた一から全面改稿。ようやく今の形にたどり着いたという。週刊誌連載時とは全く別物で、「個人的には新作を書き上げたくらいの感覚」と赤松さんは苦笑する。
そして、ついに迎えた刊行の日。どんな人に届いて欲しいのか。
「最初に言いましたように、今の日本に生きる全ての“救い難き人”です。日々鬱憤を抱えながら、その鬱憤を安易なところで発散している人たち。あなたたちこそが実は救い難き人なんだよ、と。そういう人たちにぜひ読んでもらいたいです」
「欲とか色とかそういう煩悩に引っ張られていたら、最後はろくなことになりません。物語の中で、あえて使った言葉があります。それは、『金持ちになってあいつらを見返してやる』ではなく、『あいつらを見下してやる』。普通は『見返してやる』でしょ? でもやっぱり、主人公には周りに見下されたという思いがあるからそういう発想になるんです。自分でも気に入っている台詞のひとつ。なぜ『見返してやる』ではないのかという真意が、読者に伝わったら嬉しいね」
禁酒?禁煙?「アホなこと言うたらあかん」
路上生活からの大逆転から数年。今後のビジョンは。
「執筆予定は向こう2年分くらいあります。でも、それより先の注文は受けないようにしているんです。67歳で基礎疾患もいっぱいあって、いつくたばるかわかりませんから。高血圧ですし、ラクナ梗塞という小さな脳梗塞も7回やってます。医者からは、いつ心筋梗塞を起こすかわからないから気をつけてねと釘を刺されています。気をつけてね、と言われても、具体的にどないせいっちゅうねんという気持ちはありますけど」
いや、それは酒とタバコをやめるとか、そういうことなのでは?
「アホなこと言うたらあかんわ。酒とタバコやめてまで長生きしたくありません」
いつまでも、あると思うな赤松先生の新作。「救い難き人」は全国の書店、ネットで発売中。税込2420円。