「半夏生(はんげしょうず)」ふだん耳にすることの少ない季節のことばです。また文字を見てもパッと意味を理解できる、とはいかない不思議感が残る「半夏生」。とはいえ『歳時記』に伝えられ続けてきたからには大切な意味があるはず。そのまま見過ごしてしまうには心残り。そうは思いませんか? 梅雨の最中とはいっても、7月に入るとそろそろ梅雨明け宣言を心待ちにしたくなる中途半端な頃。今日は「半夏生」についてキチンと調べておきましょう。
お寺の鎖樋
辿れば悠久のインドから?
「半夏生」の季節は梅雨の真っ只中。文字の通り「半分夏が生まれる」と考えてもいいのでしょうか。少し歴史を辿ってみましょう。
由来は仏教が生まれたインドで行われた僧たちの修行のひとつから、とのこと。インドでは雨期を安居(あんご)といい、陰暦で4月から7月の夏の雨期を「夏安居(げあんご)」といいました。その間は外へ出かけての修行ができないため、僧房などに籠って遊行中の罪の懺悔などを行っていたそうです。それがやがて「夏安居」と呼ぶ雨期に行われる仏道修行の一つになったということです。
インドの「夏安居」の修行は日本にも伝えられました。「安居院(あんごいん)」と呼ばれるお寺が現在も奈良県明日香村にあります。飛鳥時代に蘇我馬子の発願により建立されたことで知られている飛鳥寺です。
また「安居院」と書いて「あぐい」や「あぐいん」という地名があったり、苗字を名のられている方が多くいらっしゃるそうです。
このように「安居院」の名が残っていることからも「夏安居」の修行が日本に根付いていたことがわかります。
次は「夏安居」と「半夏生」の関係について紐解いてまいりましょう。
「半夏生」だから、半分? 梅雨は長い!
「夏安居(げあんご)」の修行は90日間。始まりを「結夏(けつげ)」終わりを「解夏(げげ)」と名付けて行われました。90日間は長いから区切りが欲しいですね。そこで半分終わった45日目を「半夏(はんげ)」として修行の目安にしました。
ちょうどこの「半夏」の頃に生えてくるのが「烏柄杓(カラスビシャク)」です。「半化生(はんげしょうず)」は「烏柄杓」が生えてくる頃の意味を持った季節のことばとなりました。
お坊さんたちの修行「夏安居」が季節のことばとなるくらい、まわりの人々にとっても梅雨の行事として知られていたことがわかります。お堂に籠って修行する僧たちの読経の声が雨音とともに響いてくる情景が想像されます。
≪山坊に白湯沸いてゐる半夏かな≫ 木内彰志
農家の人々にとって何よりも気になるのはこの時期の雨です。この頃に降る雨は「半夏雨」と呼ばれ大雨になりやすいと言われており、この大雨で起こる洪水を「半夏水」として警戒してきました。田植えが無事に終わることが何よりも大切な梅雨。当時「半夏生」は雨への警戒をうながす意味が大きかったように思われます。
烏柄杓(カラスビシャク)
「半夏生」から「半化粧」へ、ことば遊びも大好き!
「半夏生」のゆかりとなった「烏柄杓」はサトイモと同じ仲間です。緑色の葉は仏焔苞(ぶつえんほう)と呼ばれる焔のような形で、中に細かい花の集まり、花序を包みます。
毒を持つ植物ですが根を乾燥させて嘔吐や咳止め、解熱、といった薬として用いられていたということです。
≪わたくしに烏柄杓はまかせておいて≫ 飯島晴子
人々にとっても目ざとく見つけたい植物だったわけですね。
「はんげしょう」と音だけ聞いて烏柄杓を思い浮かべると同時に「半・化粧」と連想してしまう人も多かったようです。同じ頃に生えるドクダミに似た植物で、緑の葉の中に白い葉をつけたり、緑の葉の半分が白くなったりとまるで半分お化粧したように見えるところから、こちらも「はんげしょう」と呼ぶようになり「半夏生」または「半化粧」とあてられました。音からの連想によってことばがより豊かになっていくのは楽しいことです。
梅雨の最中の季節のことば「半夏生」は、遠くインドからもたらされた仏道修行に起源をもちますが、長い時間をかけて日本の梅雨に取り込まれ、人々の暮らしの指標となりました。少々取りつきにくいことばですが一つずつ調べていくと、昔の人々の生活のようすやまわりに向ける視線が感じられ、生きたことばへと変わっていったことがわかります。「半夏生」少しは身近な親しみを持つことばになりましたら嬉しい限りです。
「半夏生」とも「半化粧」とも