ぽっちゃり猫のドルくん(4歳)は、大阪府高槻市にある保護猫施設「ねころび荘」でのんびり暮らしています。遊ぶことが大好きで、ボールや猫じゃらしはもちろんのこと紐にも夢中になってしまうんです。もちろん、ちゅーるも大好き!嬉しそうに遊ぶドルくんの姿に、代表の石川さんは目頭を熱くします。まさか、こんな日が訪れるだなんて思いもよりませんでした。
石川さんがここまで思うのには理由があります。それは、ドルくんがFIPという難病を発症してしまったからです。
座ってばかりの子猫
FIPとはネココロナウイルスが原因の、猫伝染性腹膜炎。ネココロナウイルスに感染したからといって、必ずしも発症するわけではありません。そんな中、ドルくんは発症してしまいました。生後半年を迎え、譲渡会へ参加も決まっていた矢先のことです。
石川さんがドルくんの体調不良に気づいた最初の出来事は、ドルくんが他の子猫たちに比べて座っている時間が長いこと。個性なのかとよくよく観察を続けると、体重が増えていないことも発覚。ついには減少してきました。
すぐ近隣の動物病院で検査をしてもらいましたが、原因は分からず。しかし、血液検査の結果、総蛋白の数値が上限に達し、心臓の弁の一部の動きも悪い。獣医師は「FIPの可能性がある」と告げました。2020年11月9日のことです。
石川さんは心臓を鷲掴みにされる思いでした。FIPは治る病気になりつつあるものの、認可薬はありません。どうしても未認可薬を使った治療になり、それがとても高額なのです。
飛び跳ねるほどのけいれん発作
実はドルくんは、高槻ねこの会から預かっている猫。法的に所有権がないねころび荘は、治療方針に口出しすることができません。もし、高槻ねこの会が治療をしないと決めたら…。
暗澹とした気持ちで、高槻ねこの会に報告をします。高槻ねこの会の決断は「とことん治療しましょう」でした。治療費は高槻ねこの会が負担してくれるとのこと。石川さんはホッと胸を撫でおろします。
治療をすると決まったからといって、ドルくんが快方に向かうわけではありません。日に日に弱るドルくんのお世話をしながら、石川さんはFIPの情報を集めます。どうやら詳しい病院が大阪市内にあるとのこと。再度、かかりつけ医で検査をしてもらって、この結果を持って診察してもらおうと考えていました。
2度目の検査を終え、インターフェロンとステロイドの注射を打ってもらった次の日、11月18日の夜10時20分、ドルくんに異変が起きます。泡を吹いてけいれんをし始めたのです。眼振もあり、明らかなせん妄発作。失禁もしてしまい、もうダメかもしれないという状態に陥ってしまいました。
深夜救急の動物病院へ行くことも考えましたが、この状態で車に乗せる方がリスキーだと石川さんは考え、夜が明けるのを待ちました。
「3日間、生きていたら連絡をください」
夜が明け、石川さんが車を走らせた先は、大阪市内にあるFIPに詳しい動物病院。ねころび荘のある高槻市から、約1時間かかります。予約はしていません。迷惑なのは分かっていても、助けてほしかった。
朝9時になり、動物病院の受付が始まります。すぐ石川さんは電話をかけ、ドルくんについて話しました。もう近くに来ているとも。ここで断られたら…ととても不安でしたが、動物病院の返事は「すぐ来てください」。少し光が見えた心持でした。
獣医師の診察の結果、FIPで間違いがないとのこと。注射を打ってくれました。この時のドルくんの体温は35.8度。自分で体温を上げることすらできなくなっています。獣医師はそんなドルくんを前に、石川さんに告げました。
「3日間、生きていたら連絡をください」
獣医師から見てもドルくんは、良い状態とは言い難いようでした。
帰宅後のドルくんは疲れた様子で、ぐったりしていました。眼振は続き、強制給餌を嫌がる。19時ごろには再びけいれん発作が起き、失禁もしてしまいました。改めて、石川さんは感じたのだそう。それは、「治療のスタートラインに立ったばかり」だということ。
看病する人間の戦い
けいれん発作はかなり体力を消耗するらしく、ドルくんの衰弱は目に見えるほど。それでも眠って体を休めることができません。少し眠っては発作を起こすの繰り返し。石川さんもドルくんが心配で眠れません。スタッフの白鳥さんと二交代制でドルくんを見守ります。
気を付けなければならないのが体をどこかにぶつけること。危険性が高いため、発作が起きたらブランケットで押さえなければなりません。このブランケットも失禁ですぐ濡れてしまうため、体温を下げないよう濡れたらすぐ交換。決して良いとは言い難い状態に、石川さんと白鳥さんの不安は大きくなりました。
FIPの薬は、近くの動物病院でも処方してもらえるよう紹介状をもらっていたので、最初の注射を打った時間に同じ注射を打ってもらいます。今はこれに賭けるしかありません。
運命の3日目
最初のFIPの治療薬を注射してから3日が経ちました。どうやら強制給餌がけいれん発作のトリガーになっているらしく、石川さんは疲労も悩みもピークに達していました。食べさせないわけにもいかず、かといってけいれん発作も抑えたい…。体中、ドルくんのおしっこを浴びながらの看病。先の見えないトンネルの中にいるような気分でした。
そんな石川さんの気持ちを知ってか知らずかドルくん、なんと自分からケージを出て、ご飯皿の前に座ったのです。ヨタヨタはしていますが、自分の足でしっかり歩いて。眼振のせいか、歩くことすらままならなかったはずなのに。
「おなかすいたよ」
まるでそう言っているかのよう。ドライフードをお皿に入れると、驚くことにガツガツと食べ始めたではありませんか。その後は自分からトイレへ。それまで失禁で排泄をしていたのが嘘のよう。このドルくんの姿に、石川さんは目を白黒させます。夢ではないかしら?
慌てて大阪市内の動物病院へ電話を入れます。連絡を受けた獣医師もビックリ。第一声が「生きているんですか?」だったんですよ。
「だまされたー。でも、すき」
この日を境に、ドルくんは目を見張る回復を見せます。これは石川さんと白鳥さんの尽力の賜物でもあるんです。治療薬が注射から錠剤に変わると、石川さんの腕の見せ所。ドルくんにお薬だと悟られないように抱っこし、ドルくんが抱っこで喜んでいる隙に口の中へ放り込む。
ドルくんはうれしくて、つい行っちゃう。そして、薬を飲まされる。また「だまされたー」。これを72日間、続けました。
実は、通常より短い期間で投薬を中止しているんです。やはり費用面の問題が大きく、この時点でもドルくんだけで約150万円かかっていました。再発が心配ではあるものの、他の猫たちの生活費もかかります。苦渋の決断を下し、様子を見ることにしました。
お薬がなくなったドルくんはというと、毎日がハッピー!石川さんに嫌なことをされないだけで、ルンルンです。呼ばれて行ったとしても、もう「だまされたー」になりません。「いしかわさん、すき」だけ。
食べることは生きること
現在のドルくんは、ご飯が大好きなぽっちゃり猫さん。FIPはストレスが発症原因になるという説もあるので、里親募集はしていません。だからか、ドルくんはシェルター内の猫たちのまとめ役になっています。ねころび荘の猫たちは、お薬を飲むのが上手なんですよ。これは、ドルくんが猫たちに教えてくれているからかな。
改めて闘病生活を振り返り、石川さんはこう言います。
「発作が出るからといって、強制給餌を止めなかったのが功をなしたと考えています。食べないとどうしても体力が落ちてしまいます。薬だけでFIPは治らなかったでしょう」
今日もドルくんは美味しくご飯を食べています。他の猫の食べ残しも、「フードロス削減」と言わんばかりにパクパク。食べることは生きることを体現するドルくん、明日も食いしん坊でいてね。
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