闘病の末、3歳で天国へ旅立った愛猫が創作の原点 「会いたくなるたびに彫ってきた」毎日続いて猫消しゴムはんこ作家に

西松 宏 西松 宏

 猫をモチーフにした消しゴムはんこを製作し、猫好きの間で人気上昇中の作家が福岡にいる。「はんこボン」のニックネームで知られる橋本琴美さん(51)だ。昨年(2022年)2月に消しゴムはんこを作り始めて以来、「1日1彫」を掲げ、毎日欠かさず彫り続けている。目下の目標は「千日続ける」こと。そんな橋本さんの創作意欲を支えているのは、3歳の若さで虹の橋を渡った茶トラの愛猫「ボン」(オス)だ。

 橋本さん宅に茶トラの「ボン」がやってきたのは4年前。ボンは生後4ヶ月のころ、動物愛護団体から譲り受けた保護猫で、体重は当時1.8キロほどあり、体の丈夫そうな子に見えた。だが、1歳半のころ、耳に内出血ができ、病院に行くと、血液を凝固させる血小板が極端に減ってしまう血小板減少症と診断された。ステロイド投与などの治療をおこない、一時は元気になったものの、2歳半になったころ、今度は心臓の筋肉がうまく広がらなくなる拘束型心筋症との診断を受けた。獣医師からは「血栓が詰まると臓器の機能不全を起こし、死に至る場合がある」と言われた。
 
「血小板の病気がよくなったとき、ボンを紹介してくれた方からは『神様と腕の引っ張り合いっこをして、橋本さんが勝ったね』と声をかけていただき、私もよかったと胸をなでおろしていたんです。3歳になり、旅立つ2日前、ボンが突然発作を起こして倒れたとき、その言葉を思い出しました」
 
 橋本さんは、長い闘病生活を耐えてきた病床のボンに、こう語りかけた。「毎日の薬、嫌な病院通い、つらいことばかりさせてごめんね。よく頑張ったね。(私と繋いでいた)おててを、もう離してもいいんだよって(泣)」。翌朝、ボンは息を引き取った。
 
 幼いころから実家にはいつも猫がいて、高齢の猫の看取りをしたこともある橋本さん。生まれつき病弱な体だったとはいえ、辛い治療をボンに強いてきたことが本当によかったのか、他に何かしてやれることはなかったのかなどの思いがめぐり、悲しみに暮れた。

 4ヶ月後、友人から「消しゴムはんこを彫ってみないか」と誘われた。それまで「趣味が欲しい」と切り絵や水引などに取り組んだものの、どれも長続きしなかったそうだが、消しゴムはんこだけは違った。最初、浮世絵の猫を模写したはんこを作ってみると、初心者にもかかわらずなぜか上手に彫れた。そこで今度は、ボンを彫ってみることにした。 

 「ボンの顔や、右後脚をピンと上に向けて毛繕いするいつものポーズを彫って初めて紙に押し、はんこをパッと持ち上げたとき、あっ、ボン、ここにおるやん!って。しばらくボンの写真すら見られなかったのですが、その瞬間、ボンと再会できたように思えたんです」
 
 それから橋本さんは消しゴムはんこで猫を彫ることにのめり込むようになった。もっと技術を磨きたいと「1日1彫」、「千日続ける」を目標に掲げた。
 
 友人の猫、出会った看板猫なども彫る。「どんな図柄にするかは、たとえば今日ドーナツを食べて美味しかったら、ドーナツと猫を描いてみるといったように、毎日、絵日記のように思い付くまま彫っています」

 次第にそうした作品が猫好きの間で「かわいい」と評判に。最近では「うちの猫も彫って」との依頼も増え、オーダーを受け付けている。3月21日からは、これまで彫った作品の中から40点を厳選し、福岡市内のカフェで初の個展を開催する。

 「ボンに会いたくなるたびに彫ってきたので、ボンのはんこは何十個もあるんですよ(笑)。3歳という若さで天国へ旅立ってしまったけれど、消しゴムはんこを彫っているときは今も私のそばにいてくれているようで、不思議と穏やかな気持ちになれるんです。ボンは消しゴムはんこの面白さを教えてくれて、趣味のなかった私に生きがいを与えてくれました。だからもっと頑張らなくっちゃ」と橋本さん。今も慕うボンへの愛を胸に「依頼主の方々が笑顔になって、何気ない日常に彩りを添えられるような消しゴムはんこをこれからも作っていきたい」と意気込んでいる。
 
「はんこボン」のインスタグラムは@hankobon(DMにてオーダーも受け付けている)。作品展は、3月21日〜26日(22日は休み)11時〜19時。「カフェと間 koya」(福岡市早良区石釜886-7)にて開催。

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