東京・銀座の矯正歯科クリニックが患者との間で金銭トラブルとなり、集団訴訟に発展しています。これを受け、歯科医で芸人”パンヂー陳”こと陳明裕さんが国内の歯科矯正の位置づけを説明してくれました。歯のホワイトニングや矯正は美容医療ではないこと。日本では矯正歯科医になるハードルが低いなど、を挙げてくれました。(聞き手・山本 智行)
--銀座の矯正歯科クリニックが集団訴訟を起こされてました。被害総額は2億円。なんでもモニター矯正に応募した患者さん153人にマウスピース矯正を受けてもらい、SNSで宣伝してもらったが、報酬が支払われないと…。陳さんとこ、大丈夫ですか?
陳明裕(以下陳):その記事、見ました。「モニターで実質無料」と説明されたのにモニター料が支払われないということのようです。このようなケースは、これまでも着物、宝石、美顔器、エステ、健康商品など、いろんな商品で同様なトラブルを見聞します。
例えば、医療脱毛などを含む一部の美容医療サービスは期間が1カ月を超え、金額が5万円を超える場合、特定商取引法が適用されて書面を受け取った日を含む8日間はクーリングオフができますし、それが過ぎても契約期間内であれば、決められた金額を払えば中途解約ができます。
--こういうの苦手です。じゃ、このケースもクーリングオフで解決じゃないんですか?
陳:国民生活センターのホームページによりますと、美容医療の定義は「人の皮膚を清潔にし若しくは美化し、体型を整え、体重を減じ、又は歯牙を漂白するための医学的処置、手術及びその他の治療を行うこと」とされています。歯科では歯のホワイトニングがこれに該当しますが、矯正歯科治療は美容医療にはあてはまりません。
--歯並びをキレイにするんですから美容と何が違うんですか?
陳:簡単に言いますと、治療の目的が違うと思います。美容医療の目的は、文字通り美容のためなのでしょうが、矯正歯科治療の目的は、公益社団法人「日本臨床矯正歯科医会」のホームページにもあるように「歯並び、噛み合わせの改善」によって「良好な咬合を維持することでQOLの向上、即ち歯科疾患の予防、あご骨の成長発育障害の予防、そしゃく機能の改善と維持、口唇閉鎖不全の改善、発音の改善、顎関節と咬合の調和」など、機能面の改善に伴って、健康面で多くのメリットがあるとしています。
お金を返してくれなきゃおかしい
--でも、この医院はもう閉めちゃってるから残りの治療が受けられません。だったらお金を返してくれなきゃおかしいですよね。
陳:はい。矯正歯科治療の診療契約は民法第656条の準委任契約に当たるそうです。契約の履行が完了する前に解約がなされた場合には、民法第648条3項の「委任が受任者の責めに帰することができない事由によって履行の中途で終了したときは、受任者は、既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができる」はずですから、この場合も治療が終わっていなければ、前払いした金額から、それまでに要した治療費を差し引いた金額を還してもらえるはずです。
--ということなら何も問題なさそうですね。
陳:いえ、それが矯正治療の場合だと、その時点で、治療の何割が終わっているのかって、計るのはとても難しいんです。スポーツに例えれば、ボクシングなら10ラウンド戦ううちの5ラウンドで棄権したなら5割って分かりますが、同じ格闘技でも、お相撲の途中で力士が棄権しても、その取り組みの何割済んでるのかって分からないでしょ。それと似ていて、矯正治療もあとどのくらいで、治療が終われるのかは、その担当医の技量や患者さんの協力度によっても変わってくるので、なかなか決められないんです。
--それでも何かしら目安みたいなのはあるのでは?
陳:診療の進行状態に応じて料金を精算する目安として、日本矯正歯科学会の「矯正歯科患者の転医に際しての矯正歯科の返金に関する指針」など、各学会が大まかな目安を設けています。
歯並びが治療前より悪くなった
--今回の訴訟では、お金の問題だけではなく、歯並びが治療前より悪くなったとか、出っ歯になったと訴えてらっしゃる方もいらっしゃるようです。
陳:私は、治療前後の歯並びを見比べたわけではないので、なんともコメントできませんが、一般論としては「医療は結果をお約束できるわけではない」ので、その先生が現時点で正しいとされる治療法を用いて、ベストを尽くしても求めた結果が得られなかったのであれば、その部分についての責任は問いにくいと思います。ただし、矯正歯科の知識や経験の乏しい先生が誤った診断や治療をしていた場合は話が変わってくると思います。
--その先生の経歴は、ホームページなどで分かるかもしれませんが、知識や技量なんて我々患者の立場では、わかりません。とりあえず、東京の、それも銀座の駅前で矯正専門で開業していたら、ある程度は安心してお任せしちゃいますよ。
陳:米国などでは矯正歯科専門で開業するためには歯学部卒業後、大学などで矯正専門医の養成コースを3年ほど受ける必要がありますが、日本の場合、経験にかかわらず自由に矯正歯科を標榜することができるので、極端なことを言えば全く矯正治療をした経験のない歯科医師でも矯正専門で開業できちゃうんです。
--どうやって医院を選べばいいんですか?
陳:一昔前だったら、かかりつけの歯医者さんに矯正歯科の先生を紹介してもらうのが間違いのない方法だったのですが、最近は多くの一般歯科の先生も矯正歯科治療をするようになってきましたので、それに伴い近年、矯正歯科のトラブルも増えてきました。その影響なのか、国も医療広告に関する制度を変更し、令和3年10月1日から一般社団法人「日本歯科専門医機構」が行う歯科専門医については、広告ができるようになりました。
--なるほど。
陳:いわば、その力量を国がお墨付きを与えているともいえますので、その資格を持った先生の所へ行けば大丈夫だと思います。でも、今のところ、歯科麻酔、歯周病 、小児歯科、歯科放射線、口腔外科の5つの科だけで矯正歯科は、まだ準備中なんです。ですので、現時点では日本矯正歯科学会や日本成人矯正歯科学会などの学会が定めた認定医や指導医資格をお持ちの先生を探すのが無難な方法だと思います。でも、こういった学会には所属していないけれど、すごく上手な先生もいらっしゃるので、一概には言えないのが難しいところですね。
--今回は何のオチもなし。
陳:はい。今回の1件で既に歯科医の評判が地にオチてしまっておりますので。