夢にまで見た「猫との暮らし」を実現したと思ったら… 今もお父さんの“帽子”になってくれるルンルンくん

ふじかわ 陽子 ふじかわ 陽子

猫と暮らしたくても、家族が猫を嫌っていたら諦めざるを得ません。神奈川県のM家のお父さんも猫との暮らしを諦めてきた一人。お父さんのお母さん、つまりお祖母ちゃんが大の猫嫌い。嫌いというより、恐怖症に近いかも。

でも大人になれば、いつか一緒に暮らせるとお父さんは思っていたんです。それなのに学校を卒業後に入社した会社は転勤ばかり。猫を迎えても、転勤先に連れていけない危険性があります。転勤に疲れ果て転職したものの、今度は家に帰る時間がないほどの激務。

このままでは猫を迎える前に体を壊すと考えたお父さんは、再度転職。今度の会社は転勤もなく夕方にはちゃんと家に帰れる職場です。結婚もし、可愛い息子のYくんも誕生しました。

頭の上に乗っかっていた帽子のような重荷が取れたことですし、そろそろ猫を迎えようかと考えていた2019年9月5日の夕方のことです。お祖母ちゃんから突然電話が…。ひどく怯えた様子で、すぐ家に来てほしいと懇願します。慌ててお父さんは妻のRさんを伴って実家へ。ブルブル震えるお祖母ちゃんをなだめて話を聞くと、何でも家の裏に子猫がいるとのこと。2時間以上鳴いていて、怖くて仕方がないと言うのです。

お父さんとRさんが家の裏手へ回ると、子猫の声はするけれど姿が見えない。よくよく目を凝らして見てみると、砂利の色と同化した子猫がいるではありませんか。2時間以上鳴いているということは、母猫に置いていかれた子猫なのでしょう。このまま置いておいては子猫の命は危なく、お祖母ちゃんの健康も害してしまいます。なにより、明日から台風の予報。

「これも何かのご縁だから、うちに迎えよう」

お父さんはこぼれそうになる笑みをこらえながら、お祖母ちゃんとRさんに言いました。「仕方ない」というていでいたいんです。ずっと猫と暮らしたかっただなんて、お祖母ちゃんの手前言えませんからね。

すぐ子猫は動物病院で診察を受けます。どうやら生後1週間ほどで、まだ性別は分かりません。2週間後にまた来てくださいと告げられ、動物病院をあとに。その後はホームセンターに直行です。猫用ミルクや哺乳瓶、猫砂などなどを購入します。

帰宅すると子猫はお腹が空いていたのか、お父さんが作ったミルクをグビグビ飲みます。ミルクのあとは動物病院で教えてもらった通りに、お尻トントン。お父さんはYくんが赤ちゃんのころを思い出しながら、子猫のお世話をせっせと焼きます。

「そうだ、名前を決めなくちゃ」

お父さんはRさんの顔を見つめて言ったんです。「何が良い名前があるの?」と尋ねると、お父さんはRさんの実家へ結婚の挨拶に行った時のことを話し始めたんです。お父さんがガチガチに緊張している時、そっとお膝に乗ってくれた猫のことを。

「あの子、ルンルンといったよね。名前をもらえないかな?」

お父さんがあの時のことを覚えていてくれたことに、Rさんは感激です。もちろんRさんも賛成し、子猫は「ルンルン」と名付けられました。のちに、動物病院で男の子だと分かりましたから「ルンルンくん」。

2020年にはチビくんも加わり、猫2匹人間3人の暮らしに。猫たちはとても人懐っこく、特にルンルンくんは人間に育てられたせいでしょうか、自分を人間だと思っているふしがあるんです。家族会議にも参加しますし、来客があると接待もします。宅配便のお兄さんにもちゃんとご挨拶ができるお利口さんなんです。でも、Yくんはお父さんとの仲を邪魔するライバル。もー、仲良くしてよね。

ルンルンくんが寝る時は、お父さんの頭にピタッとくっつくんです。今までは重荷ばっかり頭の上に乗っかっていたのに、今はルンルンくんが乗ってくれるだなんて感激です。「なんだか帽子みたいね」、なんてRさんやYくんは笑っていました。お父さんもまんざらではなさそう。笑い声がたえず、幸せそのもののM家。お父さんが子どものころから夢描いていた生活は、遂に実現したのです。

しかし、お父さんは病に倒れ、あっけなく亡くなりました。2022年2月のことです。まだ50代だったのに…。広くなった家へ、小さな白木の箱に入って帰ってきたお父さん。ルンルンくんに何と言おう…。死の概念は分からないだろうな、とRさんは考えていました。

それなのに、ルンルンくんはリビングに置かれた白木の箱の上に乗ったんです。ルンルンくんが乗るには小さな箱なのに、そこに乗ることがルンルンくんにとっては自然なことのよう。まるで白木の箱が帽子をかぶったみたい。その姿にRさんは思いました。

「お父さんは自分の寿命が短いって分かっていたのかな。だから猫たちを遺してくれたのかも」

きっとお父さんはRさんにこう言うと思いますよ。

「キミがいてくれなかったら、猫と暮らせなかった。最期に夢を実現させてくれて有難う」

M家は今、お父さんの思い出がたくさん残るマンションを引き払い、近くの一軒家に越しました。新しい家でもルンルンくんは仏壇の上に乗るんですよ。まるで帽子のように。

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