「滋賀にはこんなにうまい物があるぞ」 琵琶湖の味覚・ふなずし あらためて知った奥深さ

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 箸でつまんで一口。一気に広がる独特のかおりと酸味が古来の琵琶湖の恵みを想起させる。湖国の冬の味覚「ふなずし」は夏場に仕込まれるのが慣例であり、滋賀出身の記者もそれが当然だと考えていた。だが最近、「昔は冬に作っていた」「その研究も進んでいる」との情報を聞いた。真偽を追って専門家を訪ね、ふなずしの魅力と歴史にあらためて触れた。

 「江戸時代の料理書に鮒(ふな)を『1年間で最も寒い時期に漬ける』と書いてあります。では、冬にふなずしは作れるでしょうか?」。滋賀県草津市の滋賀県立琵琶湖博物館へ行くと、専門学芸員の橋本道範さん(歴史学)から逆に問いかけられた。

 その理由は、ふなずしが発酵食品だから。江戸時代の1689(元禄2)年初版の料理書「合類日用料理抄(ごうるいにちようりょうりしょう)」によると、ふなずしを漬ける時期は現在の1月ごろ。ただ冬は一年で最も気温が低く、発酵が進みにくいはずだ。「だから実際にふなずしを作って実験を続けています」と橋本さんは打ち明けた。

 プロジェクトは3年前に始め、家政学や農学、応用微生物学など専門家7人の共同研究だ。2年目には冬場の屋外での製造に成功した。通常は塩切り(塩漬け)作業があるが、合類日用料理抄の記述を参考にして塩切りなしでも古来の手法で作れることを突き止めたという。

 また、同料理書を読み取ると、もち米の玄米を使っていたと解釈できるという。そのため、今年1月の漬け込みではもち米とうるち米の白米と玄米を使い、発酵差などを比べる実験に現在取り組む。橋本さんは「定期サンプリングは7月が最後。発酵差が出ており、結果が大変楽しみ」と話す。

 とはいえ、県内のふなずし作りはやはり夏が相場。市民対象のふなずし教室も各地で始まっている。

 5月下旬、草津市の北山田漁港で市民10人がふなずしの試食と作り方の講義を受けた。地元の山田漁業協同組合関係者が講師となり、7月に漬け込み作業を行い、12月に完成させるという。親子で参加した会社員清水隆さん(50)は「北海道の親戚が贈り物をくれるのでお返しにできたら」。会社員馬場晶子さん(44)は「実家の横浜に『滋賀にはこんなにうまい物があるぞ』と伝えたい」。試食した子どもからは「酸っぱい」と驚きの声が上がった。

 同漁協組合長の横江久吉さん(78)は「この時期に漬け込むのはニゴロブナの雌に卵があるから。子持ちのフナでなくてもいいなら冬に漬け込む人もいるだろう」と語った。

 湖国の「ふなずし愛」は尽きないが、お隣の京都でもふなずしを好きな人は少なくないだろう。

 橋本さんが歴史をひもといてくれた。資料にふなずしが初めて登場するのは奈良時代。平城京で「鮒鮓」と書かれた木簡が出土した。近江産とは断定できないが、朝廷に貢がれていたようだ。琵琶湖のふなずしが登場するのは平安時代の「延喜式」で、中世は貴族の日記に「鮒をすしにさせた」という記述もある。「近江の名産品は平安時代も鎌倉時代も南北朝時代もフナ。よっぽどおいしく、京の人は殊更フナを選んだのだろう」と橋本さんは想像を巡らす。

 漬け込む時期は古来と変わったかもしれないが、営々と食べられ続けてきたふなずし。それを愛する人の心はこれからも朽ちることはなさそうだ。

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