もしもティラノサウルスが来社したら… 恐竜レース主催者「ばかばかしくて面白いことを」

山陰中央新報社 山陰中央新報社

 大量の恐竜の着ぐるみが鳥取県大山町倉谷の芝生を全力疾走するレースが4月、ニュースや会員制交流サイト(SNS)で全国的に話題になった。開催の経緯を探るべく、主催者に取材を申し込んだところ、山陰中央新報社(松江市殿町)に来てもらえると言う。取材当日、来客の報を受けて部屋に入ると、出迎えたのは主催者ではなくあの恐竜だったー。

 「恐竜のかたが来られました」ー。電話をかけてきた受付からの言葉に、耳を疑った。受付の社員はレースの取材があることは知らないはず。まさかー。主催者が待つ部屋に向かい、ノックをして入ると「まさか」が現実になった。

 待合室の椅子に座る、子どもの頃に図鑑でよく見た茶色い体のティラノサウルス。太古の昔に絶滅したはずの恐竜がなぜ、会社の一室で静かに座っているのか。状況が飲み込めず、あいさつのために持っていた名刺のやり場を探していると、恐竜がおもむろに立ち上がり「どうも」と声を発した。

 名刺は受け取ってもらえたが、動揺して言葉が出ず、沈黙が続く。記者が固まっていると、恐竜が「しゃべりにくいので脱いでもいいですか」と言った。こちらが「恐竜姿でお越しください」と頼んだ訳ではないので「どうぞ」と促すと、恐竜の着ぐるみの中から男性が顔を出した。

「ばかばかしくて面白いことを」

 サービス精神旺盛なこの男性は鳥取県大山町と大阪府吹田市を拠点に、個人事業主として映像制作に取り組む川本直樹さん(34)。大きな話題になった「ティラノサウルスレース大山」の主催者だ。

 レースは4月16日、2ヘクタールの芝生を備えるグランピング施設「トマシバ」で開催した。各自で持参した市販の恐竜着ぐるみを着て約70メートルを競走するという、あらためて考えても訳が分からないレースだ。ただ、100体の恐竜が風で頭を傾け、時に転びながら走り抜けるシュールな光景がネットを通して大きな注目を集めた。

 川本さんは「コロナで自粛ばかりの中、ばかばかしくて面白いことをやりたかった」と動機を話す。

 川本さんは広島県呉市出身で、2015年に鳥取県大山町の映像制作会社に就職。当時、ネットで見た海外のティラノサウルスレースを見て「面白い。いつかやりたいな」という思いがあったという。18年に独立し、妻がいる大阪府との2拠点で活動を始めた。

 その後、新型コロナウイルスの流行により、知人からイベントや修学旅行の中止が相次いでいると聞き「今こそ何も考えず楽しめるイベントを」と一念発起。友人と共同管理するトマシバを会場にしたレースの企画を始めた。

レースPRに向けた川本さんの秘策 着ぐるみで各地を散策しPR

 とにかく「面白いこと」が大好きな川本さん。レースのPRと参加者募集のため、自身が恐竜の着ぐるみを着て鳥取県と大阪府の各地を回るという「暴挙」に出た。週末を中心にスターバックスやイオンなど人が集まる場所に出向き、SNSで自身を見た人と思われる投稿を探し、拡散したという。

 なるほど、そんな広報活動をしていたくらいなら着ぐるみで会社に入ってくるのは朝飯前だろう。川本さんは現地で特に警備員などに止められることもなく「よく子どもに喜ばれた。着ぐるみ姿で弁当を買ったら子どもに『恐竜も弁当とか買うんだ!』と言われて楽しかった」と笑顔を見せる。

 PRの様子がテレビ局に取り上げられてから参加者が50人近くにまで増え、参加上限を100人にすると発表した翌日、一気に定員に達したという。

 レースの参加費は無料にしたため、運営費はすべて川本さんの手出し。ただ、着ぐるみは参加者持参なので、費用がかかったのはボランティアスタッフ用のTシャツや仮設トイレ程度。深く考えず企画を進め、結果的に約40万円を手出しすることになったが「入念に準備するような高尚なレースでもない。グダグダになっている感じも面白そう」と前向きだったという。

 レース当日は大盛り上がりで、終了後には多くのメディアに取り上げられた。注目を集めたことでレースになぞらえた手製のTシャツやキーホルダーが飛ぶように売れ、手出し分はほぼ回収できたという。着ぐるみは一時期、通販大手のアマゾンの売れ筋ランキングのホビー部門1位になるほどの人気に。予想外の反響に川本さんは「面白いと思う半面、みんなおかしいんじゃないかと思った」と冗談めかした。

恐竜ネタにはツイッターで反応

 レースによる恐竜ブームは全国に広がり、7月3日には青森市で、23日には山梨市で別の団体による同様のレース開催が予定されるほか、ツイッターなどではさまざまな人が恐竜の着ぐるみを着た写真が数多く上がるようになった。現在、川本さんはツイッターで、こういったつぶやきにユーモアあふれる文章を添えて拡散する。

 例えばイベントらしき場で着ぐるみの写真とともに「食べないから近づいておいでよ!」とするつぶやきには「絶対に近づかないで下さい。目的は販売ではなく捕食です」。着ぐるみと人がテニスをする様子の写真には「一刻も早く避難してください!」「一緒にテニスを楽しんだとしても『汗かいたし腹減ったな』となったら、すぐにおやつにされてしまいます」といった具合に、多くは真剣な文体で恐竜の着ぐるみへの警戒を呼びかける内容だ。

 川本さんは「面白いことをやろうとする人は多い方がいい。少しでも応援できればうれしい」とほほ笑む。

次なるティラノサウルスイベントも?

 次回レースの開催は今のところはない。ただ、6月18日に始まる鳥取県立博物館のティラノサウルス展に合わせ、ティラノサウルスの着ぐるみ姿で展示物を鑑賞するというシュールな取り組みを20日に予定している(事前予約制)。まさかの博物館側からの依頼で実現したといい、川本さんは「全くもって意味不明な企画だ」とたたえる。

 「回りからは期待の声をもらいますが、自分がやりたくてやったことなので飽きたらやめます。これからもばかばかしく、志は低くやっていきます」。そう締めくくると川本さんは帰宅(帰巣?)すべくエレベーターに向かい、同じタイミングでエレベーターから降りてきた人に驚かれながらドアの向こうに消えていった。

 費用や戦略など度外視で「面白さ」を追求した結果、鳥取県の片隅から全国を騒がせるほどの存在になったティラノサウルスレース。コロナ禍であれこれと難しいことを考え込んでしまいがちだが、徹底的に物事を楽しむという感覚を今こそ取り戻し、自粛生活が終わった後に生かしたい。

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