原則として誰でも出入りできるホテルのロビーやトイレは、利用客と侵入者の区別がつきにくい。とりわけ女子トイレに潜んでいる「のぞき犯」は発見しづらいため、怪しいと思ったら使用中の個室に突入することがある。警備業界で体験したエピソードを紹介したい。
女子トイレの床にベットリと血糊が!?
ホテルのロビーは誰でも出入りできるため、休憩したりカフェで待ち合わせをしたりする人が多い。少しくらい挙動がおかしくても、注意して見るようにするだけで、基本的に「あんた、怪しいから出ていってくれ」とはいわない。だからこそ、ホテルのセキュリティを担う警備員が最も気を遣い、細心の注意を払う場所がロビーとその周辺エリアである。とりわけ、女子トイレは要注意だった。
ある日の深夜、夜間の清掃に入った業者さんから、警備室に通報が入った。
「宴会場前の女子トイレに血痕がある」
現場へ行ってみると、血痕どころではなかった。個室の床に赤黒い液体の塊があって、壁や扉にも飛び散っていた。しかも便器の横には、赤く染まった包帯が放置されている。
この赤黒い液体が血液だとすると、かなりの大ケガを負っているはずだ。ところがフロントに問い合わせても、ケガをした人がいるという報告は入っていないという。ナイトマネージャーから「防犯カメラの映像を確認してくれ」という指示もなかった。
該当する人物がホテル内にいないということもあり、結局この事件の真相は分からずじまい。トイレじゅうに飛び散っていた赤黒い液体が何だったのかも分からないまま、清掃業者がプロの技で跡形もなく消し去ったのである。
警備員が突入して確保したのは色白の若い男
ホテルの安全対策は、防災に強く防犯に弱い側面がある。女子トイレの血糊さわぎのように「いつ」「誰が」「どうやって」という追跡が難しいのだ。
女子トイレに絡む事案に多いのが「のぞき」である。
ある夜、女性客がロビーのトイレに入ったところ、なんとなく視線を感じ、気味が悪くなってフロントに通報した。
ホテルから200メートルほど離れた多目的ホールで、当時人気があったアイドルグループのコンサートが行われる前日だった。グループのメンバーが泊まっているという情報がファンの間で広がって、追っかけの子たちがトイレに潜んで夜明かしをする事案はこれまでにもあった。この日もきっとそうだろうと思って、異状を感じたときの状況を聞いてみると、どうもふだんの様子とは違うようだ。
トイレを確認するため、通報してきた女性客と女性警備員を伴っていってみると、ドアが閉じている個室があった。
「私が入ったときも閉まっていました」
トイレの外でしばらく待ってみたが、いっこうに出てくる気配がない。怪しい人物かどうかはともかく、もし具合が悪くなって中で倒れていたら大変だ。
「恐れ入ります、どなたかいらっしゃいますか」
女性警備員が呼び掛けても反応がない。
トイレの個室は、非常時に備えて、カギを差し込んだら外から開けられるようになっている。カギを管理している清掃業者のスタッフを現場に呼んだ。
「お返事がないので異常ありと判断しました。開けますよ。いいですか」
ナイトマネージャーの了解を得て開けてみると、中にいたのは身長160センチくらい、丸顔色白で白いポロシャツを着た若い男だった。
「何をしているのですか。女子トイレですよ」
「急に腹が痛くなって、慌てて飛び込んで、気が付いたら女子トイレだったんです。だんだん騒ぎになってくるし、出るに出られなくて」
ヘタな言い訳のお手本みたいだが、のぞきをしていたりウソついたりしている証拠もないから追及できない。
男はナイトマネージャーに引き継いで、ホテルから外へ出るまで警備員が付き添った。意外におとなしくホテルを出たようである。
しかし、その後もたびたび「女子トイレがのぞかれている」という通報が寄せられた。なんとか解決したいが、警備会社には警察のような権限はない。ホテル側も警察沙汰を嫌うため、警備員が館内の巡回を強化するくらいしか打つ手がなかったのである。
余談ながら、現在ではトイレの個室内に人感センサーがあって、一定時間動きがないと警報が出る仕組みになっている場合がある。もちろんのぞき犯を捕まえるためではなく、急な体調不良で動けなくなった人を、いち早く発見するためである。