母猫に託された下半身不随の子猫 この子のために生きたい…ぽっかり空いた父の心を満たす「生きがいに」

古川 諭香 古川 諭香

誰かに必要とされるから、人は生きていけることがある――。切り絵作家として活動しているカジタミキさん(@mikikajita)は、そんな学びを愛猫の望くんから得たよう。

「望が来てくれて、我が家は変わりました。病気の後遺症で体が思うように動かせなくなり、会社勤めが難しくなった父は、ずっと家族のお荷物だと悩んでいました。でも、生きる自信を望が取り戻してくれたんです」

野良の母猫に子猫の命を託されて

望くんとの出会いは、突然。ある日、公園を歩いていたカジタミキさんは1匹の猫に呼びとめられ、後をついていくことに。

すると、物陰で座っている赤ちゃん猫を発見。どうやら、カジタミキさんを呼んだのは、母猫だったよう。

「早く子猫のところへ行けと催促するので様子を見たら、下半身が動かない様子でした」

そこで、母猫と子猫に「触るね?」と確認してから接触。事の重大さに気づき、母猫に「この子は必ず助ける。幸せにするから、私が育てていい?」と尋ねると目を細めてくれたため、子猫を保護しました。

仕事があったため、カジタミキさんはお父さんを呼び、動物病院へ連れて行ってもらうことに。獣医師からは、事故に遭い、脊髄が損傷したため下半身不随になったのではないかと告げられました。

そこで、保護後は投薬をしながら、マッサージによるリハビリを行うことに。

下半身に力が入らず便秘になりやすかったので、病院に相談し、療法食で排泄をサポート。便が完全に出しきれない日は、絞り出しをするようになりました。

また、常におしっこが垂れ流しになってしまうため、人間用のオムツに尻尾が通る穴を開け、使用するように。

重みで外れやすくなるので、オムツの交換は2~4時間置き。獣医師からの指示で、雑菌が繁殖して炎症が起きないよう、毎日お風呂に入れるようにもなりました。

「望は、お迎えした当初から我慢強くて健気で、頑張り屋さん。自宅には他にも犬猫がいますが、人や同居動物たちと積極的に関わろうとしていました」

同居猫たちは初め、望くんの足を引きずる動きに驚き、逃げていましたが、徐々に受け入れてくれ、やがて一緒に行動するほどの仲良しさんに。

柴犬のサスケくんには、鼻先で足をマッサージしてもらうこともあるのだとか。

そうした暮らしの中で、望くんはどんどん甘えん坊さんに。愛くるしいその姿を目にし、カジタミキさんの脳裏には固い誓いを交わした母猫の姿が浮かびました。

「母猫は人に近づかない、懐かないと、毎日公園にいる人から聞いていましたが、望を保護した翌日、同じ時間に公園を通ると、私の前に来て、きちんと座り、目を細めてくれました」

あの子は、もう大丈夫。名前は望にしたよ。必ず幸せにする――。そう伝えると、母猫はもう一度、目を細めてくれたのだそう。

「その後は遠くで見かけると、ちらっとこちらを見ることはありましたが、2度と近づいてきませんでした。私としては、色々伝わったのかなと思っています」

愛猫が生きがいになり、父の心が救われた

望くんは、感情表現や表情が豊か。1歳上の同居猫・夏希ちゃんに片思い中で、何度振られても諦めず、一生懸命アプローチしているのだとか。

「振られるたび、しょんぼりし、とぼとぼと肩を落として父のもとへ帰り、慰めてもらう姿がなんとも健気で。応援しています(笑)」

そんな天真爛漫な望くんに、ご両親もメロメロ。まるで孫をかわいがるかのように溺愛しています。

特に魅了されたのは、お父さん。

「父は望が一声鳴くと、眠いのか、甘えたいのか、オムツを変えて欲しいのかなどを、すぐ判断。本当の母親のようです」

望くんも、そんなお父さんのことが大好き。2人はよく、見つめ合ったり、べたべたしたりしているのだとか。

「父にばかり話しかけ、父の姿が見えない時だけ探し回ります。あと、母が見たのですが、父と一緒に寝ている時に突然起き上がり、顔をじーっと見つめた後、鼻にちゅーをして、再び寝たらしいです(笑)」

わがままを言うのも、お父さんにだけ。カジタミキさんやお母さんが帰宅する時は明るくお出迎えするのに、お父さんの場合は「寂しかった」「悲しかったんだけど」という気持ちをぶつけているように見えるのだとか。

「父が謝って抱っこし、しばらく撫でると、好きと言ってるかのような甘い声を出したり、サイレントニャーをしたりし、目を細めて鼻キス。2人だけの世界です。たまに、父に追いかけっこをねだったり、わざと少し離れた場所から呼び、迎えにきて抱っこしてほしがることもあります」

実はそれまで、お父さんは猫のお世話を積極的にするタイプではなかったそう。あまり笑うこともなく、体が上手く動かないことで家族の負担になっているのでは…と悩み、病気の再発も心配していました。

「病気なんだから何も気にしなくていいと伝えても、自分の中で消化できないもどかしさを抱えているようでした。家族のために買い物に行き、おいしいご飯を作ってくれていましたが、これくらいじゃ何かしているなんて言えない…と、どんどん自信をなくしていったんです」

しかし、望くんが自分を100%信頼し、頼ってくれたことで笑顔が増え、再び前向きに人生を歩めるように。

「父はオムツ交換やお風呂などのお世話を積極的に行い、望が排泄をすると『いっぱい出たね。いい子だね』と褒めます。外出は2時間以内と決め、帰宅後はすぐ望の様子を見に行く。お母さんをしていますが、育てられ、救われているのは自分だろうな…と母に話していたそうです」

この子のために生きたい――。そんな眩しい希望を持ち続けながら、お父さんはこれからも望くんとの甘々な日常を過ごしていくはず。

絶望を乗り越えたふたりにとっては、互いの存在が「生きる理由」になっているのかもしれません。

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