わが家全焼! そのとき、映画監督はカメラを回し続けた…前代未聞の記録映画「焼け跡クロニクル」はいかにして生まれたか

黒川 裕生 黒川 裕生

自宅が火事で全焼し、住む場所を失ってしまった5人家族。夫婦と当時5歳だった双子の姉妹、そして大学生の長男は、着の身着のまま焼け出され、しばらく地区の公民館で寝泊まりすることに…。住宅火災は毎日のようにどこかで発生しているが、火災に遭った人の「その後」について詳しく知る機会は意外と少ない。しかし、新聞でも報じられたこの火災は、驚くべきことに、出火直後から一家が新たなスタートを切るまでの嵐のような日々が、映像として克明に記録されているのだ。何故なら、当事者である夫婦が共に“映画人”だったから。前代未聞のドキュメンタリー映画「焼け跡クロニクル」を発表した映画監督の原將人さんと妻の原まおりさんに話を聞いた。

原さん一家が暮らす京都・西陣の自宅から出火したのは2018年7月のことだった。漏電が原因と見られるが、詳細は不明。幸い5人とも助かったものの、作品データを救出しようと家の中に戻った將人さんは顔などに火傷を負って緊急搬送された。長男から火事の知らせを受けて勤め先から急いで帰宅したまおりさんは、消火活動で異様な雰囲気に包まれた自宅周辺を目の当たりにして、咄嗟にスマートフォンのカメラを起動したという。

まおりさん:「映画にしようとかそういうことではなくて、後から火事を客観的に振り返ることができるようにしようと思ったんです。ただ、出火元でご近所に迷惑をかけておきながら、野次馬みたいに撮影していたら『何を呑気に…』と思われかねませんから、現場では録画モードにしたスマホを胸元で握りしめていただけで、何が撮れているかまでは確認しませんでした」

將人さん:「出火当時、僕は家にいたので、もちろん最初は火を消そうと思ったんですよ。でも布団を被せたら逆に火の勢いが強まってしまって…。消火器が家の外にあることは知っていたので、まずはそれを取りに行くべきでした。これまで手掛けた作品のフィルムも焼けてしまったこともあり、火事から1年くらいの間は激しい後悔に苦しめられて、鬱状態でほとんど起き上がれなくなってしまいました」

そんな將人さんをいたわりながら、まおりさんは双子の娘たちを毎日保育園に送り出し、外で働きながら5人分の食事の準備や衣類の調達などに奔走。まおりさんが撮影し続けた映像からは、「家を失くしても家族が前向きでいられるように」とあえて気丈に振る舞う彼女の心情が痛いほど伝わってくる。

將人さんは伝説的な映画作家

広末涼子さんの映画デビュー作「20世紀ノスタルジア」(1997年)や、第1回フランクフルト国際映画祭観客賞に輝いた「MI・TA・RI!」(2002年)をはじめ、独自の作風で伝説的な存在として同業者からも慕われる將人さんが立ち直るきっかけになったのは、やはり映画だった。まおりさんが撮った映像と、奇跡的に焼け残ったホームムービーの8mmフィルムなどを繋ぎ合わせ、家族のクロニクル(年代記)を一本の映画として紡ぎ出してみせたのだ。

將人さん:「8mmフィルムは熱で一部が溶けたり変色したりしていましたが、それがすごく綺麗で。デジタルにはできないエフェクトだし、ある意味で“火事”そのものが映っている。なんだか胸が高鳴るのを覚えて、編集しているうちにどんどん元気を取り戻していきました。僕にとって、映画は人生そのもの。僕が塞ぎ込んでいる間もカメラを回し続け、家族を支えてくれたまおりには心から感謝しています」

全てを失った火事で、逆に得られたものとは

映画の前半、夫婦の間で「火災保険は入ってたっけ…」というなんだか不安になる会話が交わされていたが、あらためて2人に確認したところ、「契約が切れる寸前でしたが、なんとか大丈夫でした。あの補償がなかったら、本当にどうすることもできなかったと思います」とのこと。では他に、火災の経験者として「こうしておけばよかった」という教訓のようなものはあったのだろうか。

まおりさん:「家の中ではずっと火事の話題を避けていたのですが、今は『もっと早く話せばよかった』と反省しています。私は悲しい記憶には蓋をして、とにかく前に進まなければいけないと考えていました。しかし、そうするとつらい気持ちを吐き出す場所がどこにもなくなるんですね。大変な思いをした人同士で喋ることって、実はものすごく大切なこと。家族で火事のことを話せるようになって、私もようやく『乗り越えよう』という気持ちが湧いてきましたから」

將人さん:「子供はともかく、やっぱり大人はちゃんと向き合わないといけないですね」

まおりさん:「『焼け跡クロニクル』はあえて、劇映画のように見られる編集にしています。焼け残ったフィルムの味わいもあって、誰も見たことがないような映画になっているはず。自分が火事に遭うなんて考えたこともなかったし、生きているうちにこんな作品を作れるなんて思いもしなかった。時々逃げ出したくもなりますが、人生、何が起こるかわかりませんね(笑)。皆さんにも楽しんでいただけるといいのですが」

◇ ◇

「焼け跡クロニクル」は関西では3月18日からシネ・リーブル梅田、京都みなみ会館、アップリンク京都、4月22日からシネ・リーブル神戸で公開。京都みなみ会館や大阪のシネ・ヌーヴォなどでは、原將人監督の特集上映もある。

【公式サイト】https://www.yakeato-movie.com/

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