真っ白な巨体を揺らし威嚇しあう2頭のホッキョクグマ…。昨年秋、北海道の旭山動物園が「ペアリング日記」と題して公開した動画には、繁殖を目指す初同居で咬まれて流血したオス、近づくことも許さない怯えたメスの姿が。その後何日もかけてお互いの存在を認め合い、生まれた3頭の赤ちゃんですが、2頭は「消えて」しまいました。かわいい動物たちの姿を発信することが多い中、なぜ、あえて流血も消えた命も「ありのまま」を見せたのでしょう。取材しました。
答えてくれたのは同園ホッキョクグマ担当の飼育係、大西敏文さんです。
旭山動物園はホッキョクグマを飼育する「日本最北」の動物園。合わせて4頭おり、今回生まれた赤ちゃんの母親はピリカ(16歳)。父親のホクト(21歳)は繁殖のため兵庫県の姫路市立動物園から移動してきました。同園は、2頭の初同居の様子を含めホッキョクグマの繁殖や生態を解説する動画を2021年10月20日に公開しました。
-同居初日の2頭は見ていて怖いくらいで。ペアリング継続は勇気のいる決断だったのでは
「過去に携わったシンリンオオカミ、アムールトラ、ユキヒョウなども初日から『仲良し』だったことはありません。吠えて威嚇したり、少量の出血を伴うこともありましたが、最終的には成功しました。『勝ち気なメスに、弱気な(優しい)オス』というペアはうまくいくという感覚があり、ピリカとホクトはまさにそのような力関係でした」
-傷が治って、同居再開。2頭がだんだんと近付けるようになっていきました。
「ホクトがピリカをなだめようと粘り強く接するのを見て、サポートしてあげたいという気持ちでした。交尾も確認でき、繁殖へのハードルを確実に越えているという手応えはありました」
-産室を整え、ピリカがこもり、そして出産。でもちょうど、お休みだったとか。
「代番の飼育係からの連絡に気付かず、『おーい産んだぜ』のメッセージも見ていなくて。ようやく気づいて『えええええ』」と。期待しすぎないよう気持ちを抑えていたので、『えええ? 心の準備が…』という感じで(笑)。駆けつけてモニターを見たときは興奮と緊張が入り混じって、3頭の子を確認したうれしさと同時に、元気に育ってくれよ、と祈るような気持ちでした」
-今は1頭の赤ちゃんが育っています。
「誕生時は500㌘程度、生後約2カ月の2月9日現在で約5㌕、体長約40㌢ほどかと。おぼつかないながらも歩けるようになってきました」
-ピリカは当時15歳での初産でした。
「野生下での初産は10歳未満と思われるので遅い方だと思いますが、しっかり育児してくれて安心しました。産室はおよそ180㌢×180㌢×高さ130㌢くらいです。母親への給餌は1月1日(絶食56日目)から固形飼料を中心に再開しています」
-最初は3頭の赤ちゃんがもぞもぞ動いているのが見えていました。
「出産を期待しながら様々なケースを想定していました。無事出産し育児もしてくれる、出産しても育児はしない、出産した子がすべて死亡してしまう、出産しないままで終わる…。どんな結果になっても事実を伝えようと考えていました」
-2頭が「消えた」こともあえて、映像で解説された理由は?
「『生も死もありのままを伝える』というのが当園の方針です。今回も、ありのままを伝えることで、ホッキョクグマ繁殖の難しさ、生育している1頭の命の重さを感じていただければ、2頭の死も無駄にはならないと考えました」
-ペアリングの動画の時には、「飼育係の本質」についても語られていました。
「無事出産して母親が育児していれば、飼育係の仕事はもうほとんどなくて、見守るだけ。結果が出る前の判断や準備こそが『飼育係の本質』だと思っています。このことを多くの方に知っていただきたいと考えました」
同園では夏季開園シーズンとなるGWをめどにホッキョクグマ親子を公開する予定。大西さんは、「築20年になる『ほっきょくぐま館』は水中のホッキョクグマを観察して楽しめる人気の施設です。ようやくこの施設での繁殖となり、元気に遊ぶ親子の姿をみなさんにご覧いただくのを楽しみにしています」と話してくれました。