前脚が壊死して生命の危険を背負いながらも、3匹の子猫を守っていた母猫「ゆき」ちゃん。人間との距離をなかなか詰めようとしなかったが、獣医さんから「命が危ないかも」といわれながら手術を受けた結果、今はまるまる太って貫禄十分な姿に。親子それぞれ里親のもとで幸せな毎日を過ごしている。
野良猫にエサをあげた責任を感じ保護活動にカンパをもっていくと……
2018年頃から、大阪府八尾市に住むMさんの自宅周辺で、野良猫が増えていた。野放しの状態で繁殖するから、子猫も多かったという。エサをあげている人がいたのかもしれない。Mさん宅の勝手口にも、猫がやって来るようになった。
「よくないこととは思いながら、勝手口に来た子にはエサを与えていました」
そのうち勝手口に来る猫の数が増えてきて、この調子で増え続けたらご近所から苦情が来るかもしれないと心配になってきたというMさん。
「でも、なぜか、急に減り始めたんです。なんでかな? と思っていたら、市内でお好み焼き屋をやっている女将さんが保護していると、近所に住む人から聞いたんです」
Mさんは猫にエサはあげるけれど、触ったり捕まえたりするのは怖くて苦手だという。エサをあげていたことで責任を感じたMさんは、せめて保護猫活動の資金をカンパしようと「こてつ」を訪ねた。そのときに、女将の上浦仁美さんから「ゆき」のことを聞いた。
壊死した前脚はみるみる腐って、数日で骨が露出するほどに
大阪府八尾市山本北でお好み焼き屋「こてつ」を営む上浦さんは、保護猫の団体には属さず個人で保護活動をやっている。
はじめて「ゆき」を見たのは、2019年7月だった。
「自宅の玄関先に、生後3カ月くらいの子猫を3匹連れた母猫が現れたんです。そのときはもう左の前脚がブラブラで、壊死している状態でした」
上浦さん宅には、すでに9匹の猫が暮らしていた。これ以上増やすのはためらいがあったが、警戒心の薄い2匹の子猫をひとまず保護した。
「とくに茶白の子は初めから人懐っこくて、玄関を開けたら自分から入ってきました」
夏の暑い盛りだった。「ゆき」の左前脚は日に日に状態が悪くなり、上浦さんが発見してから1週間ほど経った頃にはとうとう手首から先の肉が削げ落ちてしまい、骨が露出していたという。
Mさんが「こてつ」を訪れたのが、ちょうどその頃だった。「ゆき」を保護しても上浦さん宅では飼えないことや、手術しても後のケアをする人がいないため、現状のまま抗生物質をまぜたエサをあげながら天寿を全うさせるしかないという事情を聞いた。
「それではかわいそうに思って、手術後の面倒はみるから、保護してあげてほしいとお願いしたんです」
Mさんと上浦さんとでそんなやりとりがあって、発見から10日目くらいに「ゆき」を捕獲機で保護することに成功。上浦さんがお店のお客さんにカンパをお願いして集まった7万円を携えて、獣医さんのもとを訪れた。
「ゆき」を診察した獣医さんは「手術しても命は助からないかもしれないけど、この子の生命力に一縷の望みを託してやってみましょう」といって執刀してくれた。
「手術を終えた獣医さんから連絡をいただきました。『残念やけど、やっぱりアカンかったわ』という言葉を覚悟しながら電話に出たんですけど、『やったよ! 運のある子だったよ』といわれて涙がこぼれました」
手術は成功したが、左前脚はやはり切断せざるを得なかったという。
最後まで残っていた子猫も保護に成功し、それぞれ新しいお家で幸せに暮らす
手術を終えた「ゆき」は1週間入院したあと、Mさんに引き取られた。「ゆき」という名も、このときに決まった。
手術費と入院費は、獣医さんの厚意で7万円におさめてもらったそうだ。Mさんは後日「こてつ」を訪れて、「うちで引き取った子だから」と、上浦さんに7万円を手渡した。その7万円は「ねこ募金」として、ほかの保護猫を救うために使われた。
「何十匹もの猫さんのお薬とか目薬、手術費用に使わせていただきました。おかげで“幸せにゃん”が増えています」(上浦さん)
さて、気になるのが、3匹いた子猫のうち最後まで残った1匹だ。2匹のきょうだいは、すでに保護されている。うち1匹は里親が見つかって引き取られ、もう1匹は上浦さん宅で飼われることになった。母親の「ゆき」もMさんに引き取られた。
「ひとりぼっちになってもうちの玄関先に通ってきたから、エサをあげていました。そんなことが3カ月くらい続いた10月頃、やっと触らせてくれるようになったので家へ入れました」
その子は今も、上浦さん宅で一緒に暮らしているそうだ。
一方、Mさんに引き取られた「ゆき」は、手術前には命が危ないとまでいわれたが、今ではまるまると太って貫禄十分なメス猫になっているという。
「2年目くらいにやっと自分から膝の上に乗ってくれるようになって、前からいた猫たちとも仲良くやっています」