黄色い頭にピンクの身体。全身がスッケスケの生き物、なーんだ?
実はこれ、なぞなぞではありません。この地球上に、そんな姿をした生き物が存在するのです。上半身はミニパイナップル、触手は新生姜の群衆にも見えます。あれ?見えませんか…?
この不思議な生き物を発見したのは深海魚専門アパレルブランドLavca.m(ラブカドットエム)を主宰する田原舞さん。いったいどこで、どうやって、出合ったのでしょうか。そして、この生き物の正体とは?
身近な海で未知との遭遇
年の瀬も押し迫った12月のある日。田原さんは、月に1、2回はおこなっているという磯採集のため、千葉県館山市の磯を散策していました。すると、ぷかぷかと海を漂う、得体の知れない何かの姿が。
“あれは絶対に捕まえなきゃいけない”
直感的にそう感じ、すぐに捕獲にかかりました。その日は海が荒れていて、何度も波にさらわれて見失いながらも、近くに漂ってきたタイミングを逃さず見事、網でキャッチ!未知なる生き物との遭遇に興奮しつつ、まじまじと眺めてみたものの、あまりの不思議な見た目に「なにこれ…エイリアン…?」と、興奮は、まもなく困惑に変わったと当時を振り返ります。
雲ひとつない青空を背負った謎の生き物は、まるで証明写真のよう
捕獲後、田原さんはすぐさま状況をツイート。ほどなくして、バレンクラゲ(馬簾水母)という外洋性クラゲであることが判明しました。外洋性とは、岸から遠く離れた海上、つまり沖合に生息する生き物のこと。どうやら激しい波で沿岸まで運ばれてきたようです。
このツイートには、2万6千を超える「いいね!」がついたうえ、予想もしなかった展開を見せます。投稿から30分ほど経った頃、このクラゲに興味を持った人物からメッセージが。何度かのやりとりの末、バレンクラゲは田原さんの元から70キロメートルほどの場所にある新江ノ島水族館(@enosui_com)に引き取られることになりました。
館山の海から、水族館にやってきたバレンクラゲは、腔腸動物門ヒドロ虫綱管クラゲ目バレンクラゲ科に属し、大きさは5センチほど。1775年に学名がついた生き物ですが、どれほど珍しい種なのでしょうか。このクラゲを受け入れた新江ノ島水族館で、飼育スタッフをしている足立文(あだちあや)さんにお話を伺いました。
飼育実績がほとんどない謎多きクラゲ
--このバレンクラゲという生き物、私は初めて聞いたのですが、かなり珍しいのですか?
「潮の流れや風向きによって沿岸に近づいてくるようで、私は3、4回ほど見たことがあります。ただ「ここに行けば必ず捕れる」という生き物でもなく、詳しい生態は分かっていない種類のクラゲです」
--国内での捕獲例はどれくらいありますか?
「そんなに多くありません。過去には、2020年4月に和歌山県白浜町で地元の漁師が捕獲した例があります。もう1例、同じ和歌山県のすさみ町で同年2月に捕獲された個体が、すさみ町立エビとカニの水族館で展示されていたようです」
--少ないですね。バレンクラゲの餌はなんですか?
「クラゲは全般的に動物プランクトンを摂取しています。水族館では主に、アルテミアという小さなエビの仲間を与えることが多く、バレンクラゲにもアルテミアを与えました。中には、クラゲを食べるクラゲ、なんていう種類もいます」
--クラゲがクラゲを…!!一口にクラゲと言っても生態はいろいろなのですね。バレンクラゲの飼育に携わられてみて、いかがでしたか?
「クラゲは身体の一部がパラパラと取れてきちゃうことが多いんです。なにしろ、このバレンクラゲを飼育する機会はなかなかないので、生態も、飼育方法も、手探り状態でした」
--今回、新江ノ島水族館で展示されたことも、貴重な飼育事例になるんですね!
「そうですね、クラゲに携わっている水族館関係者は横でつながって情報交換をしているので、この事例もシェアしたいと思います」
一魚一会を求めて
一期一会ならぬ「一魚一会」を座右の銘にしているという田原さん。たくさんの生き物と出会い、名前や生態を学ぶこと、そして制作のインスピレーションを得るために、宝探しをするような気持ちで磯採集をしているのだそうです。そこで出会った不思議な生き物が、巡り巡って水族館に展示されるという縁に繋がりました。
自分の身に起きたこととは信じられない気持ちで水族館へ行き、水槽を漂うバレンクラゲと対面。ツーショットを撮った時、ようやく実感が湧いたと言います。なお、現在は展示を終了しています。
新江ノ島水族館の足立さんは「狙って展示できるようなクラゲではないので、少しでも皆さんに見て頂けてよかったと思います。今後また展示の機会が巡ってくれば、もう少し長く見て頂けるよう、今回の経験を生かして勉強を重ねておきたいと思います」と話してくれました。
この地球上には、まだ知られていない種も含め、870万種前後の生き物がいるという説があります。私たちの日常のすぐそばで、まだ誰も出会ったことのない生き物が暮らしている。そう考えると、いつもの見慣れた風景でも、ちょっと視線を移してみれば、豊かな生態系に触れることができるのかもしれません。
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▼Lavca.mを主宰する田原さんのTwitter https://twitter.com/MLavca
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