玄関やリビングの片隅にそっと置くだけで、こだわりのインテリアを、一瞬にしてゆる~い「実家的空間」に変えてしまう“おかんアート”。それは、中高年のご婦人(おかん)たちが手づくりする作品群のこと。軍手でつくったぬいぐるみや、チラシでつくったペン立て、手編みのニットドレスを着たキューピーなどが代表的だ。時にモッサリしていたり、実用的じゃなかったりもするけれど、その脱力を誘う、無邪気な愛らしさをひそかに愛好するファンも多いという。
ところで、2009年より神戸を拠点に毎年開催されている、「おかんアート展」なるイベントをご存知だろうか。コロナ禍によりこの2年は中止を余儀なくされていたが、1月9、10日の2日間、ついに沈黙を破り復活する!ということでお邪魔してきた。運営者で「下町レトロに首っ丈の会」を主宰する山下香さんによれば、“おかんアートの甲子園”ともいうべき晴れ舞台なため、体の不調をものともせずど根性で参加するおかんも多いとか。今回の会場はもう一人の運営者、伊藤由紀さんが兵庫区にて切り盛りする駄菓子屋「淡路屋」と隣接する、「ルミフラワー&バレエ教室」である。
まずは入り口すぐの、おかんアートのマスターピース(傑作)を楽しめる展示スペースから。どこか危険な香りがただようネコキャラの中には、時流をいち早くキャッチし、マスクをした子も。ネコ軍団に混じり、鮮やかなグリーンの髪に、スパンコールのウロコがきらめくアマビエも鎮座。中央の軍手ぬいぐるみは、通常はブタなどが多いが、今年はトラ年ということでさっそくタイガー5兄弟が登場していた。さすがおかんである。
3世代が力を合わせることで生まれた作品も
また、今回から山下さんの教え子である甲南女子大学文学部メディア表現学科の学生チームがスタッフとして参加しており、このロープのトラは3世代が協力しあって生まれたもの。おかんアートではポピュラーな、右の「ロープの犬」をつくろうとホームセンターに行ったところ、この黄色と黒の標識ロープを発見し、トラ年だからこれでトラをつくろうと孫世代が発案。グルーガンを使ったロープの接着や、紙コップを使った口部分など、母世代、祖母世代がそれぞれのノウハウを持ち寄ることで生まれた合作トラだったのである。
今回の最大の見どころは、さまざまなおかんの作品がバザーのように一同に会する、会場中央の展示スペース。「これまではブースごとにおかんそれぞれの作品を展示する、という方法をとることが多かったのですが、阪急うめだ本店で展示をしたときに初めてこのディスプレイをしたところ、思いのほか、良かったんです。お客さまから質問されたときに答えられるよう、みんなが他のメンバーの作品についても熟知するようになり、仲間のノウハウやセンスに刺激を受けて、それをまた自分の作品にフィードバックする、という相乗効果が生まれたのは大きな収穫。そこで、今回も同じ方式で展示することにしました」と山下さん。
「ロールちゃん」と皆さんが呼ぶお人形。おかんアーチストに用途を聞いてみたところ、中にトイレットペーパーを入れておき、必要なときに帽子をとって、中からペーパーを引き出して使うのだそうだ。テーブルの上などにちょこんと座らせておくと、こぼしたものを拭いたりするときに大活躍する。なるほど、トイレットペーパーそのままではテーブルに出しておきにくいので、グッドアイデアだ。
あの「うまい棒」がおかんアートと夢のコラボ
さらに!なんと、おかんアートと「うまい棒」の株式会社やおきんがコラボしていた。これは驚きだったが、運営者の伊藤さんが長年、駄菓子屋を営んでいることもあって生まれた縁とのこと。株式会社やおきんより、「うまい棒」の包装資材を提供され、色とりどりのパッケージを活用したお財布、定期券入れ、子ども用のコインケースなどを作成。このほか、「うまえもん」のぬいぐるみや、「うまい棒」柄のテキスタイルを使ったハンドメイド作品も。
公式キャラの「うまえもん」をフィーチャーしたタペストリーは、先述の女子大生チームの発案で作成したもの。
これを見たおかんたちが「おお~」という反応を示し、信頼関係を育むきっかけともなったそうだ。おかん勢からすれば彼女たちは孫のような年齢であり、世代差もあって、実はお互いどう接していいかわからない時期もあったのだとか。しかし、ものづくりにおいて「本気」をぶつけあうことで、世代を超えた関係性が生まれつつあるそうで、いや、すばらしい。
これまでは、個々の活動がメインだったため、ひとつのテーマで作品をつくるというのは初チャレンジ。おかん、おとんたちにとっても、個別での創作活動では得られない刺激を得るまたとない体験となったのである。
東京・渋谷に約1000点ものおかんアートが大集結!
今回の取材で意外だったのは、「おかんアートには技術がいらないと思っている人が多いが、必ずしもそうではない」ということ。もちろん、技術がなくてもおかんアートをつくることはできるのだが、「技術がないと、自分が思うような表現ができず、ぼやけた作品になってしまいがち」と山下さん。
さらに、いわゆるカルチャースクールのように、「お友達がほしい」という理由で参加する人は誰もいないとのことでびっくり! おかんたちにとってものづくりは常に真剣勝負の「戦いの場」であり、「暇つぶしに手づくりしながら、孫の話でも……」のようなスタンスとは無縁なのだとか。会場にいるおかんたちの和気藹々としたムードからは想像もできなかったことで、実にクールでストイックな姿勢にしびれた。会社、学校、家庭といった一定の役割を期待される場を離れたところで、「自分が好きなこと、できることを通して、社会と関わっていく」という視点からも、おかんアートには多くのヒントがあるのではないだろうか。
なお、1月22日より、「圏外編集者」として知られる都築響一氏と「下町レトロに首っ丈の会」のキュレーションによる、「ニッポン国おかんアート村」なる展覧会が、「東京渋谷公園通りギャラリー」にて開催される(こちらは展示のみで、作品の販売はなし)。病院の待合室や商店のレジ横などに1、2点、ちょっこり飾られているおかんアートは珍しくないけれど、約1000点もの作品を一度に鑑賞できるまたとないチャンスといえる。4月10日までというロングランでの会期となり、おかんアーチストたちも3月頃に在廊を予定されているそうだ。ぜひおかんたちの愛らしい手仕事、そしてたくましい生きざまにもふれ、生きる勇気やヒントをもらってほしい。
◇ ◇
▽Museum of Mom's Art ニッポン国おかんアート村
https://inclusion-art.jp/archive/exhibition/2022/20220122-119.html