1月17日が近づくと1995年に起きた阪神・淡路大震災を思い出す。夜中に発生したかすかな揺れでも当時の記憶がよみがえり、目がさえてしまう。災害への関心を抱くことは鎮魂と警鐘の周知でもあろう。われわれにとって身近な地名と災害との関係について考えてみよう。
アルファベットと異なり、漢字には意味があり、多くの人はそれを何となくでも読み取ることができる。中国や台湾に旅行してもたまに異なる事があっても、ある程度何を示しているか理解できるのは漢字文化の者の特権であろう。日本人なら自分の名字がどのような起源、由来をもつか興味を持ったことがあるかもしれない。
同様に地名にもその地域の特徴を示した漢字を当てはめることが多い。神社、仏閣と言った人文社会的なものを由来とする場合と、山や河など大地の形態(地形)を起源するものもある。北海道の地名はアイヌ民族が用いていた地名に漢字を当てはめたため、難読、難解地名と思われがちであるが、その意味を知ると大地の様子を表しており興味深い。
たとえば、あえて場所は書かないでおくが、「深清水」という私の知る場所は扇状地に位置する所で、美味しい伏流水が湧き、それを利用した酒造、豆腐づくりなどに利用されている。この地で収穫されるお米も美味しい。このほか「長者町」など明らかに縁起の良さそうな地名もある。しかし実際には良くない地名の方が多いかも知れない。想像の域を超えないが、一般に先人達が目の当たりにした自然災害などの脅威を子孫に残すべく付けたとも考えられている。
大昔、私が卒業論文で扱った「九頭竜川」はその典型の一つであろう。「龍」は暴れる河を示すことが多いが、「九つの頭を持つ龍」ということからその「暴れ方=被害の大きさ」が想像できる。事実、洪水多発地域であったが、治水工事により、現在その面影はない。龍は「蛇」と置き換えられる場合もあり、「蛇抜け」と称し、災害後の山地斜面がヘビの這った後や抜け殻のようになった山肌が残る様を示すこともある。
このほか、「放」「崩」などのように明らかに危険性を暗示させるような漢字、また「鶴あるいは津留」のように鳥のくちばしの様が河川の屈曲を示し、水が留まることを示し、かつてそれに起因する被害があったと想定される文字もある。
ただ漢字のみに注目していると見逃すこともある。日本では、「言霊(ことだま)」と称する文化的なある種の信仰がある。言葉に意味と力があり、口にすることでその通りになるという考え方で、良くない言葉は口にしない方がよいという発想から、良くない意味の文字をきれいな漢字に代えてきた歴史もある。
植物の「葦(アシ)」は「悪し」につながることから「ヨシ(良し)」と代わっていったことは有名であろう。「梅田」も梅の田んぼではなく、「埋め田」が起源とされる。この地は、大きく屈曲し、氾濫をおこしていた旧淀川(大川)の後背湿地を埋めて田んぼにしていた。このように読みが異なる(良い方の意味を有する)漢字に置き換えられることもあるので注意が必要だ。
河川の氾濫のように広範囲での災害(つまりは多数の被害者、多額な被害額)を防ぐため、土木建築技術の発達により国、地方自治体、地域の篤志家などによって治山、治水が行われるようになり多少は軽減したともいえる。ただ限度を超えるような地震や津波、温暖化の影響と言われる近年の集中豪雨に伴う山地崩壊(土石流や深層崩壊など)は依然、発生しており、痛ましいニュースは記憶にあるだろう。
核家族や都市部の人口集中により本来、里山、山麓などであった場所が宅地造成されはじめた。斜面を造成する場合、土地の土を取り除いて平らにする「切り土」と、取り除いた土を斜面に埋めて平らにする「盛り土」がある。許可が必要な事例は以下の通り(図参照)であるが、人工的な堆積ゆえ概してどちらかというと盛り土の方が弱いと言わざるを得ない。これだけ技術の発達した現代なので、もちろんこの地への建設対策工法もあるだろう。それゆえこの地形はダメだなど簡単に言うことはできない。
以上のことから分かっていただけだろうか。先人は過去の痛ましい経験を子孫に伝達しようとしている。また人間はその英知を結集した技術力で自然災害の被害を軽減しようとし、従来は住めなかった地を住める地に変えていった。どのような場所にでも住居を建設する方法はあるはずである。ただその見極めが必要であろう。
現在の地が、過去に被害を受けたことが地名から判断できる、あるいは沼地を埋め立てた、旧河道であった、山地の土を取り除き、谷を埋めて台地にした、などは過去の地図をみればある程度判明する。これらの地に居を構える場合、それぞれ有効な対策を行うことが肝要であろう。先人の伝言に耳を傾け、様々な記録からリスクを軽減する努力を行いたいものだ。
◆貝柄 徹(かいがら・とおる)大手前大学総合文化学部学部長・教授、専門は自然地理学。
大阪教育大学大学院修士課程修了(教育学修士)、関西大学大学院博士後期課程修了(博士(文学))。アジア・インド洋・太平洋海域のサンゴ化石や貝化石の年代測定を実施する変動地形が専門であったが、地域環境も観察するようになった。考古学や文化人類学の専門家と一緒に各国の調査経験を有している。近年は史学研究所で産業考古遺産の保存・記録をおこなっている。
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【紹介文献】
▽谷川健一編『地名は警告する 日本の災害と地名』冨山房インターナショナル、2013年
▽今尾恵介『地名崩壊』角川新書、2019年
★より学習したい方へ
▽今尾恵介『地図帳の深読み』帝国書院、2019年
▽千田稔『地名の巨人 吉田東伍 大日本地名辞書の誕生』角川叢書、2003年
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【紹介サイト】
▽・時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)
新旧地形図を比較する事ができ、明治期まで遡ることができる
http://ktgis.net/kjmapw/
▽国土地理院「古地図コレクション」
地域は限られるが、古い時代の地図が概観できる
https://kochizu.gsi.go.jp/
▽このほか「古地図アプリ」も「合同会社四時舎 古地図散歩 時代を重ねるマップ」のほか複数存在する