備えあれば憂いなし。東日本大震災の津波被害を教訓に、6年9カ月の年月をかけて整備された国内最大級の防潮堤「一条堤」とは一体、どんなものなのか。静岡県浜松市の遠州灘海岸に設置され、天竜川の河口から浜名湖を結ぶ全長17.5キロ、高さは最大15メートル。地元の「一条工務店」からの寄付金300億円が原資になった。昨年3月に完成したと聞き、一度は訪ねてみたいと思っていたが、今回ようやく実現した。
まさに、そびえ立つという表現がぴったりだ。
浜名湖に浮かぶJR弁天島駅から30分ほど。遠州灘に向かって、ひたすら歩き、宝永6年(1709年)に建立された弁天神社や渡船場跡をパス。やがて、見えてくる「浜名バイパス」をくぐると、想像をはるかに超える高さの防潮堤「一条堤」が目に飛び込んできた。
思わず、のけぞりそうなほどの迫力。堤はコンクリートでつくられた部分と、土砂をセメントでカチンカチンに固めたものを盛ったところとに分かれ、ともに大津波にも耐えられるという。すべてコンクリートでつくるよりも安上がりだそうだが、これが延々17.5キロも続くというのだから7年近い工期だったというのも無理はない。
早速、スロープのようなった砂利道を上り、防潮堤の上部へ。眼下には雄大な遠州灘が広がり、遠くにはかすかにサーファーらしき人の姿も見える。完成から1年半。この一条堤は、いまや市民の憩いの場となっているようで、しばらく風を受けながら佇んでいるとサイクリングをする人が通り過ぎ、ウォーキングやジョギングをしている人がちらほらと行き交った。
なかには、のんびりとスケードボードを楽しんでいる女子高生もいて「ここなら人が少ないから私たちのような初心者でも大丈夫。風が強くて大変だけど、防潮堤が完成してから散歩を兼ねてよく来るようになりました」と話した。
そうそう、今回、ひとつ学んだのは「防潮堤」と「防波堤」の違い。防潮堤とは台風などによる大波や高潮、津波の被害を防ぐ堤防のことだそう。防波堤との明らかな違いは防潮堤は陸上にあり、高潮、高波、津波などの浸入を防ぐための堤防であること。これに対し、防波堤は海の中に設置され、外洋からの津波や風波に対して港の内側を波立たせないための堤防であるという。
そもそも、巨大防潮堤とつくるきっかけは2011年3月に起こった東日本大震災の津波被害。これを教訓に南海トラフ巨大地震による大津波に備え、静岡県と浜松市が沿岸部の防災、減災整備を急いだ。その際に、大きな原動力となり、異例だったのが地元で創業した住宅メーカーの「一条工務店」(東京都江東区)の寄付金の額。なんと2012年から3回に分け、300億円寄付したことだった。
「創業の地に恩返しがしたい」という思いからだそうだが、地元では大きな話題になったという。計画は2012年6月に発表され、2014年4月に着工。昨年3月完成し、防潮堤は「一条堤」と名づけられた。
浜松市の想定では南海トラフ地震による津波の高さは最大14.9メートルとのこと。しかし、この防潮堤が完成したことで、沿岸部の宅地が浸水する面積が8割減、また木造家屋が倒壊するとされる浸水2メートルを98%もカバーできるという。ウオーキングしていた30代の女性は「何もしなかったら浜松駅付近も浸水する恐れがあった。それを考えるとありがたいし、安心感もある」と話した。
筆者が巨大防潮堤の話を知ったのは仕事で浜松市を訪れた2年前のこと、サウナで一緒になった地元のおじさんから仕入れた。「一条工務店という地元の会社が300億円寄付したもの。一度見てください」と言われ、いつか機会があれば、この目で見て、確かめたいと思っていた。
しかし、これでもまだ万全ではないようで浜松市では、天竜川と浜名湖の間を流れる馬込川の水門工事を進めていくという。
9月1日は防災の日、5日まで防災週間となっている。いま一度、防災について考えてみてはいかがだろうか。