悲痛な叫び声
クゥちゃん(7歳・オス)は、2015年7月1日、大きな声で鳴いていたところ、神奈川県に住むSさんに出会った。何時間も鳴き続けたのか喉が枯れてダミ声になっていた。Sさんは夕方仕事から帰るところだったが、クゥちゃんの声に気づいて必死で探した。悲痛な、叫び声に近い声なのに誰も気にする様子はなかった。
「どうしたの?怪我をしているの?他の猫にいじめられたの?」と思って探すが姿が見当たらない。一生懸命探すとクゥちゃんがひょっこり現れた。初めて見る顔だった。猫好きのSさんはいつもカバンにカリカリフードを入れていたので、それを差し出すとクゥちゃんはお腹が空いていたようであっという間にたいらげたという。
「その時は美味しく食べてくれてよかった。バイバイと気軽に別れました。私はアジという猫を保護して飼っていたのですが、アジはとてもやきもち焼き。アジに見つからないようにこっそりフードを持って、翌日もクゥに会いに行きました」
「うちに来る?」
同じ時間、同じ場所に行ったがクゥちゃんは見当たらない。ニャー!ツツッ!と猫の鳴き声を真似て鳴いてみたが出てこない。「どうしたのかな」と思っているとクゥちゃんが出てきた。
「あなたはどこの子?近所の子?捨てられちゃったの?」と問いかけながら、「大丈夫、今日もごはんを持ってきたよ」とフードをあげた。悲痛な鳴き声だったが、声の調子は少し良くなっているようだった。
その日からSさんは毎日クゥちゃんにごはんをあげに行った。会えない日はごはんを置いて帰った。クゥちゃんはSさんが行くと出て来るようになり、顔やお腹を触らせてくれるようになった。
1カ月以上会えない日が続いたが、9月上旬、いつもより3時間も遅く会いに行くと、クゥちゃんが姿を見せた。
「枯れた声でニャーと鳴いて出てきてくれて、覚えていてくれたんだと思い感動しました!ずっとごはんは食べてくれていたようです。その日からごはんはカリカリとウェットフードを混ぜたカレーライスごはんになりました」
クゥちゃんは他の餌場にも行っていたようで、そこにSさんを案内してくれるまでになった。餌場に行くには道路を横断しないといけなくて、毎日顔を見るまで心配ならなかった。その頃からSさんは、「うちに来る?」と心の中で問いかけるようになったという。
震える手でキャリーに押し込んだ日
先住猫のアジちゃんは嫉妬深いので、獣医さんも多頭飼いは無理だと言っていた。迷いがなかったわけではないが、もうクゥちゃんに情がうつってしまっていた。11月7日、Sさんはクゥちゃんを保護した。
「もし失敗したらどうしようと、クゥに会いに行く数時間前からドキドキしました。いつも通りごはんをあげてキャリーケースに押し込むと、案の定クゥは『キャリーから出して!』と大暴れ。でも、もう戻れない。一生家族として生きようね!と誓いました」
ご主人の部屋に設置したサークルに隔離したが、すっかり意気消沈したクゥちゃん。ごはんも食べず、うんちも5日後にやっと出た。
エイズ検査などが済むまで1カ月ほど隔離したが、さすがに先住猫のアジちゃんもクゥちゃんの気配に気がついて、ドアを引っ掻いた。クゥちゃんは、「ここは僕がいていいところ」と理解したようで、ご主人のベッドで寝たり、窓から外を眺めたり、だんだん家猫の生活になじんでいった。
やがてアジちゃんと対面したが、アジちゃんは手を出したり、高みにある定位置からクゥちゃんを見下ろしたりした。Sさんは「ダメかもしれない」と思ったが、流血するようなことはなく、アジちゃんのストレスも最小限に抑えられたようで、お互い心地いいと感じられる距離を保って暮らしているという。