フード付きの服は「パーカー」それとも「パーカ」?小説家「当たり前にパーカーと思って生きてきた」

金井 かおる 金井 かおる

 小説家、額賀澪(ぬかがみお)さんのツイートが注目を集めています。

 「当たり前にパーカーだろと思って2021年も10月まで生きてきたんだけど、もしかして世の中はもうパーカなの? 令和はパーカーじゃなくてパーカ? パーカーは平成まで???」(額賀澪さんツイートから引用)

 12月発売予定の次回作の中でフード付きの服を「パーカー」と書いたところ、出版社の校正担当者から「カ」のうしろの長音符「ー」を取るように指摘を受けたというもの。実はこれ、新聞表記でもパーカと書く決まりがあります。しかし会話では「カー」と伸ばすのが一般的。パーカーはなぜパーカと書くのか調べました。

活字の世界「パーカ」の理由

 「広辞苑 第七版」(岩波書店)を引くと「パーカ フード付きの上着・コート。極寒地で着用する毛皮製の上着に由来。パーカー」。「三省堂国語辞典 第七版」(三省堂)には「パーカ・パーカー」で収録されており「フードのついた、腰までのコート。うすくて軽い」の説明がありました。

 全国の新聞、通信、放送各社にニュース記事を配信する共同通信社(東京都港区)では各社の表記に統一性を持たせるため、言葉のマニュアル集「記者ハンドブック 新聞用字用語集」を発行しています。同書第13版(2016年)には外来語のページにパーカで収録されています。

 同社用語委員会にパーカで掲載した理由を尋ねると、すぐに判明しました。

 「英単語のスペルを見るとparkaです。kaで終わっているからパーカです。これがkerならカーと伸ばしていました」(担当者)

 朝日、読売、毎日、日経、産経、時事が発行する用語集でも同様で「『日本新聞協会』全社横並びで『パーカ』です」。

無印良品はパーカー、ユニクロはパーカ

 parkaだからパーカ。表記の理由は納得しましたが、それでも日常生活ではパーカーが優勢です。

 国内のユーザー数3300万人といわれる写真共有アプリ「インスタグラム」。投稿数を調べるとパーカー124万件、パーカ2.1万件という結果になり、パーカーを使う人が圧倒的に多いことがわかりました。

 生活雑貨店「無印良品」では商品名はパーカーで統一。大手衣料品店「ユニクロ」では商品名にはパーカを使用しますが、サイト検索ではパーカとパーカーいずれの場合でも120件以上の商品がヒットします。

 放送業界ではパーカからパーカーに変更した例もありました。

 NHKの放送用語について外部識者を交えて検討する委員会「放送用語委員会」では2014年6月に開催された会合の中で、これまで使用していたパーカからパーカーへの変更が提案されました。提案理由は「インターネットなどの検索結果からパーカーと発音・表記することが一般的である」。検討の結果、2015年2月に開催の同委員会の中で変更が決定。「NHK日本語発音アクセント新辞典」には2016年発行版から「パーカー[服飾]」で収録されています。

 「慣用と公的な表記がずれてきている」などの理由から、アンチョビー→アンチョビ、ウースターソース→ウスターソース、チータ→チーター、ジャージー(運動着)→ジャージも変更になりました。

 最近ではWebメディアやスポーツ紙などのデジタル版でもパーカーの表記が見られます。記憶に新しいところでは、10月28日に発生した茨城県南部の地震速報をNHKアナウンサーが私服姿で伝えたという話題の中で「パーカー姿」という表現がありました。

英語圏では別の言い方

 パーカは英語圏でよく使われていると思いきや、別の言い方をしているようです。

 海外生活18年で英語が堪能、ラグビーワールドカップ2019日本大会でも通訳を務めたフリーライターのCocoさんに話を聞くと「英語ではhoodie、フーディーです」。

 ファッション用語集の翻訳書「イラスト入り装い・服飾用語事典」(アレックス・ニューマン、柊風舎・2020年)には「フーディー[hoodie/hoody]」の項目があり「1980年代に使われるようになった言葉で、スウェットシャツなどの上半身用の衣服でフードがついているものをいう」。

 オンライン英会話サービス「DMM英会話」では「そのままでは通じない和製英語まとめ30選」としてブログ記事を公開。日本ではフード付きトレーナーをパーカーと呼ぶが、英語圏では防水カッパのようなものを指すとし、「正しくは"hooded sweatshirt"と呼びます。"hoodie"や"hoody"とも言います」(DMM英会話ブログから引用)と紹介しています。

▽DMM英会話ブログ https://eikaiwa.dmm.com/blog/

「パーカー」と発音、なぜ?

 英単語parkaはなぜパーカーと発音され始め、日本で浸透したのでしょうか。

 国語辞典編纂(へんさん)者の飯間浩明さんに尋ねると、外来語の研究者の一文を紹介してくれました。

 「アノラック(anorak)は、ずきんのついた毛皮、または毛織物その他で作った防寒上着のことで、終戦後、アメリカから実物と共に伝わってきた単語である。それ以前にも英語にはパーカ(parka)という、まったく同じ種類の防寒着を呼ぶ名があった。ところがこれもエスキモー服、またはそれを真似て作った服で、この後はアリューシャンに住んでいるエスキモーの呼び名から取り入れたものだという」(楳垣実「外来語」講談社文庫・1975年)

 飯間さんは「断言はできませんが」と前置きした上で見解を示してくれました。

 「英語以前にアリューシャンの言葉を英語に取り入れたからだと楳垣さんは説明しています。parkaは変わった言葉であることは確かです。日本に入ってきたときに、英語によくある語尾に類推して、『カー』という発音にした可能性はあります」

 「語形の変化というのは、ある日一斉に何かのきっかけで起こるのではなくて、地域により人により、はじめは訛りや個人的な発音の特徴によって新しい語形を作り出します。語形というのは言いやすい方に変わります。例えばハンドバッグはハンドバックと言いますよね。パーティションもいつの間にかパーテーションです。ステーションとかオリエンテーションとか、『~テーション』がよく使われているのでテーションの方が楽なんですね。発音は言いやすく、記憶の負担にならない、より楽な方に変わっていきます」

 「パーカーもハンドバックやパーテーションなどの例から推測はできます。パーカーを調べると人名がやたらと出てきます。また万年筆のブランドにもあります。パーカーという発音になじんでいる。多数派の方に類推するというのが自然です」

 飯間さんが辞書を作る上で蓄積している資料の中から、パーカーとパーカの使用例を挙げてもらいました。

〈パーカー表記の作品〉
 「着ていたパーカーのポケットにつっこむ」(三浦しをん「風が強く吹いている」より)
 「俺は高村のパーカーを指差した」(万城目学「鴨川ホルモー」より)
 「黒色のパーカーを着て、小鳩沢と揉み合っていた」(伊坂幸太郎「ゴールデンスランバー」より)
 「パーカーのチャックを上にあげ、フードを深くかぶると」(夏樹玲奈「なないろ」より)
〈パーカ表記の作品〉
 「スリムのジーンズ、紺の長袖Tシャツ、グレイの袖なしパーカ」(石田衣良「4TEEN」より)
 「パーカの前ポケットに両手をつっこんで肩を揺すりながら」(重松清「ビタミンF」より)

額賀澪さん新刊、最終的には…

 冒頭の額賀澪さんの新刊書籍「世界の美しさを思い知れ」(双葉社)の担当編集者、森広太さんに話を聞くと、小説の場合は著者の意向を最優先するといいます。

 「小説ではどちらが正しいというルールはありません。パーカとパーカーも人によります。パーカーでいいんじゃないかという人もいます。今回の作品も最終的には著作者の意向で進めます」(森さん)

 前出の「記者ハンドブック」でも、社外執筆者の署名原稿については「筆者が強く希望する場合は例外的表記を認める」としています。

 額賀さんの新刊は12月22日ごろ書店店頭に並ぶ予定です。パーカか、それともパーカーか。結末が気になります。

 「パーカ」「パーカー」「フーディー」あなたはどれを使いますか?

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