みんなに愛されていた野良犬が主人公 保護しようと奔走する母子…実話をもとに描かれた児童書が泣ける

山中 羊子s 山中 羊子s

 街をうろつく薄汚い野良犬が実はたくさんの人から愛されていた。そんな実話を元にした絵本「きみのなまえ」(作・あんず ゆき、絵・かなざわ まゆこ/佼成出版社)が今年1月に出版され「幸せな気持ちになった」「心がポカポカする」など読む人の心をグッとつかんでいる。作者で大阪府在住の児童文学者あんずゆきさんに話をお聞きしました。

決して人を寄せつけない犬 お菓子を手に仲よくしようとしますが…

 「きみのなまえ」は、とある町の雑木林に棲む1匹の野良犬と、それを保護しようとする母と息子の物語。2019年7月、朝日新聞福岡版に紹介されたことがきっかけで本になりました。あんずゆきさんは、この記事を見た時、野良犬を思う人々の温かい心に胸打たれ、即座に「この話を物語にしたい!」と思ったそうです。

 作品ではシングルマザーのタチバナさんと息子のたくと君が野良犬を保護するために奔走します。雑木林をすみかにし、薄汚くていつもさびしそうな犬。心を閉ざしているため、決して人を寄せつけません。お菓子を手に仲よくしようとするタチバナさんですが、うまくいかず、もどかしさと不安ばかりが募ります。余計な言い回しをそぎ落とし、安易な感動を押しつけない抑制の利いた文章なので、読み進むうち次第に小気味良さに変わっていきました。

作者自身の里親体験から生まれるリアリティ

 あんずさんが作家としてデビューしたのは盲導犬サーブ記念文学賞という動物をテーマとしたコンクールに応募したのがきっかけ。動物保護施設でおよそ10年、ボランティアをしていた経験をもとに書いた保護犬と少年の物語「さよならゴードン」で大賞を受賞。その後も動物と人との係わりを描いた多くの作品を発表し、青少年読書感想文全国コンクールなどの課題図書にも選定されています。

 そんなあんずさんは自身も保護犬を引き取り「カイ」と名付けて19歳で亡くなるまで一緒に暮らした経験があります。この物語に登場する犬「くり」のしぐさ、ひとつひとつをカイ君に思い重ねて書いたそうです。

 物語の後半「くり」は保健所の人に捕獲されてしまいます。

 「かいぬしのいない犬は、人をかんだらこまるから、つかまえられるのよ」

 「じゃあ、あの犬もいつか、つかまえられるの?」

 お母さんは、その質問には答えずに(中略)、たくとの顔をのぞき込みました。

 「そうなる前に、うちで、かってあげようか」。

 殺処分の問題にも正面から向き合い「くり」を迎えようとする母子の姿が読者を巻き込み、保護した後に予想外の展開が訪れます。ここからはネタバレになるので秘密…。

 今も1匹の犬と暮らすあんずさん。動物保護施設や保護犬の里親になった経験から、みすぼらししく、心のすさんだ犬をたくさん見てきましたが、今回の出来事を知り「人って捨てたもんじゃないなと。この気持ちをどうしても伝えたかったんです」と語ります。

 この本の魅力は保護犬をペットではなく、同じ命ある存在として認め合う姿勢が、読む人を幸せな気持ちにさせてくれるのかもしれません。

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