散歩中によその犬を噛む問題児…それでも「幸せにしたい」 ひとり山を彷徨い続けたラブは、初めて愛情を知った

和谷 尚美 和谷 尚美

大阪・本町にある「みこデンタルクリニック」の院長・みこ先生と暮らす推定10歳のラブラドールレトリーバー「チョコ君」。みこ先生がボールを投げるとうれしそうに走り出す姿は元気そのもの。7年前に一人ぼっちで山を彷徨っていた頃の面影はない。

チョコ君は2014年、奈良県・生駒山で発見され、警察署で保護された。引き取りの要請を受けたペットの保護活動を行うボランディアグループ「ピュアハートラバーズ 」の佐藤さんが初めて彼を見たとき、その姿に驚いたという。

「かなり痩せていてあばらが浮き出ていました。ラブラドールとは思えないほど表情も堅く、顔つきも怖かったです。ご飯をあげると吐いたのですが、吐瀉物の中に軍手がありました。あまりの空腹でゴミを食べていたのでしょう。体もすごく汚れていました」

ピュアハートラバーズではすでに約50匹の犬と猫が暮らしているため、大型犬を保護することが難しく、里親が見つかるまで一時的に保護犬・保護猫を預かるボランティア、いわゆる「預かりさん」が世話をすることになった。しかし、大人しそうに見えたチョコ君だったが、環境に慣れてきた頃から激しく無駄吠えをするようになり、散歩中も他の犬に飛びかかるなど、問題行動が見られるようになった。このままでは里親を見つけることは難しいと判断した佐藤さんらは、最低限のしつけをするためトレーニング施設にチョコ君を預け、並行して里親募集を行った。

一方、みこ先生は飼っていたラブラドールレトリーバーのラブちゃんを病気でなくし、父親と失意の日々を送っていたところ、「いいご縁があれば」となにげなく見ていた里親募集サイトでチョコ君の写真を見つけた。「本来、私も父も犬種にはまったくこだわっていなかったのですが、ラブちゃんがあまりにもいい子で、もう一度ラブラドールを飼いたいねと話していたので、すぐに面会を申し込みました。友人には”怖い顔だし、しつけもできてないし、そもそも成犬なんてわざわざ飼わなくても“と心配されましたが、私はラブラドールと暮らしたくて、ちょうどそこにおうちを必要としているラブラドールがいる。それだけで引き取る理由は十分でした」

後日、佐藤さんらがチョコ君を連れてみこ先生のマンションを訪れ、トライアルがスタート。家の中では常にみこ先生について回ったり、仕事に行くために玄関を出ると鳴き声がずっと廊下に響いていたりと、分離不安のような行動が見られることはあったが、大きな問題はないように思えた。

しかし、トライアルから1週間後、悲しい事故が起きる。

ある日の朝、仕事に行く準備をしていたみこ先生の携帯が鳴った。チョコ君の散歩に出ていた父親からだった。「チョコがよその犬を噛んだ!」ただ事ではない様子に、着のみ着のままマンションの外に出ると、そこには首から大量の血を流しながら飼い主らしき女性に抱えられ、ぐったりとしている小型犬と、興奮して息を荒げるチョコ君がいた。すぐに父親を飼い主とともにタクシーで救急病院に向かわせたが生きた心地がしなかった。

幸い、一命を取り留めたが、一連の話を聞いた佐藤さんは、チョコ君が出戻ってくることを覚悟したという。しかし、みこ先生は「そんな気はまったくなかったですね」と振り返る。

チョコ君を手放す気はなかったものの、あの光景を目にしたとき、犬に対して初めて恐怖を感じた。チョコ君がいい子なことは十分にわかっていても、さまざまな背景を持つ保護犬はどんな行動にでるか予想がつかない。プロの手を借りた方がいいのではないか––そう考えたみこ先生はチョコ君を日中、犬の幼稚園&トレーニング施設「ヘイドッグズ」に預け、訓練をしてもらうことにした。費用はかかるが、チョコ君はすでに「うちの子」。絶対に幸せにしたい、そんな思いがあった。最初こそ、トレーニングでは攻撃的な態度を見せたチョコ君だったが、トレーナーが根気強く時間をかけて信頼関係を築き、今ではお迎えが来ると自分からカートに飛び乗り「早く行こう!」とみこ先生を催促するほどになった。

家族やトレーナーたちから大きな愛情を受け、チョコ君はこの7年で少しダイエットが必要なほど体が大きくなり、顔つきも同じ犬とは思えないほどやさしくなった。3年前に家族になった弟分のシュート君とも良好な関係を築き、おやつを譲ったり、おもちゃの取り合いではシュート君に花をもたせるなど兄貴風を吹かせながら、「ママ、今の見た?僕偉いでしょ」といわんばかりにみこ先生をちらりと見て尻尾を振る。

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