2020年に取材で錯視の奥深さを知った記者が、皆さんに見てほしい作品があります。「Best Illusion of the Year Contest 2020」で優勝した「立体版シュレーダー階段図形」です。最上段に目印の赤いコーンを置いた階段を180度回転させると、コーンはいつのまにか階段の一番下に…という“ミステリー”を存分にご堪能ください。
制作したのは、明治大学先端数理科学インスティテュート研究特別教授の杉原厚吉さんです。不可能図形のだまし絵を立体化する手法を見つけた立体錯視の第一人者で、このコンテストの優勝は今回で4度目。準優勝も2回あるというファイナリストの常連です。絵と本当の立体を混在させると、絵の部分も立体と見えてしまう脳のふるまいを調べるための実験材料として、「立体版シュレーダー階段図形」を作ったそうです。
動画では錯視を体験できるように、目印となる赤いコーンを階段の「最上段」に置きます。
階段を反時計回りに回転させます。この画像は90度回転あたり。
180度回転。あれっ?移動するはずのないコーンが階段の一番低い位置にある!
横から見ると…。「階段」に見えていた部分は、フラットだった!
シュレーダーの階段図形とは、1858年にドイツの同名の自然科学者が発表した図形で、階段を斜め上から見下ろす、階段を斜め下から見上げるという二つの解釈ができ、図形を逆さまにしても同じように認識されるというもの。杉原さんの作品は、150年以上前から広く知られた図形に手すりを取り付けて立体で表現したもので、動画のコメント欄には「Like true magicians」(真の魔術師だ)「this is awesome」(素晴らしい)などの称賛が並びます。
―錯視の解説でコメントしていた「私たちの脳は直角が大好きです」とはどんな意味ですか。
「網膜でとらえた画像には奥行きの情報がないので、見えたものがどんな形なのかは無限の可能性があります。直角なのか、そうでないのか、画像からは判断できません。にもかかわらず直角なものを思い浮かべるのは、『大好きだから』としか言いようがありません」
―脳がそういうふうにできている、と。
「例えば、自分に向かって飛んできたものを即座に判断しなければよけられません。あれこれ全部思い浮かべていたら間に合わないので、もっともありそうなものを決め打ちして思い浮かべるのだと思います。このように進化した方が生きていくうえで都合がよかったのだと想像できます」
―不思議です。
「直角大好きの言いかえですが平行四辺形よりも長方形を好みます。また楕円より円が好きです。また非対称な形より対称な形を好みます」
―種明かしを知った後で再び動画を見ても、やはりそう見えてしまいます。学習できないメカニズムは解明されているのでしょうか。
「脳は理性とは別のところで勝手に情報処理して立体を思い浮かべているようですが、そのメカニズムはわかっていません」
―人間以外の動物やAIの眼にも「錯視」は生じたりするのでしょうか。
「動物でも錯視が起こることは少しずつ確認されています。ただし、色の錯視とか、動きの錯視ぐらいです。立体の錯視についてはまだわかっていません。AIが錯視を起こすかどうかは、AIの作り方に依存します。人間の視覚の振る舞いのデータを単純に学習させると同じように錯視を起こすでしょう」
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優勝作品「立体版シュレーダー階段図形」の展開図が公開されています。誰でもこの不思議階段を作ることができます。(※非営利目的に限る)
http://www.isc.meiji.ac.jp/~kokichis/contest/contest2020/contest2020j.html
杉原さんのHPには、これまで創作した不可能立体が多数紹介されています。「立体錯視の世界」と題した自主講座動画もアップされています。