「人間の仕事は生きることや」 淀川の河川敷で暮らすホームレスの男性が“一番下”から見た世界

黒川 裕生 黒川 裕生

大阪の淀川河川敷で20年前から暮らしているホームレスの「さどヤン」。廃材の掘立て小屋で寝起きし、空き缶集めや清掃の仕事で日銭を稼ぐさどヤンのシンプルな日常をユーモラスに描いたドキュメンタリー映画「淀川アジール〜さどヤンの生活と意見〜」が11月28日から、関西で先行公開される。社会の小さな声をすくい上げ、作品を通して人間の多様性を提示し続ける田中幸夫監督に、本作に込めた思いを聞いた。

さどヤンは北海道出身。父は不明で、幼少期はキャバレーの2階で母と暮らしていたという。母の死後は孤児院や親戚の家で育ち、中学卒業後、新聞配達や大学の職員を経て関西へ。土木、建築、港湾荷役の仕事に従事し、2001年頃、今の場所に落ち着いた。

「仕事で培った土木や建築の腕があるから、家は廃材を集めて自分で建てるし、石垣も造る。さどヤンの生きる力ってすごいんですよ」と田中監督。「来る者を拒まないおおらかさもさどヤンの大きな魅力で、社会の周縁部に生きる人たちが日々、吸い寄せられるように集まってくる。撮影しながら、あの場所がまさに、ある種のアジール(聖域、避難所)として機能しているのが面白いなと感じました」と振り返る。

その不思議な磁場と、余計な物を持たないさどヤンのミニマムな生き方に魅了され、田中監督は2016年から足掛け3年にわたりカメラを回してきた。決して卑屈にならず、かといって開き直るでもない。マイペースを貫き、どんな人とも「向き合う」のではなく、常に「同じ方向を見つめる」ように接するさどヤン。その「一視同仁」の姿勢にも、強い共感を覚えたという。

田中監督はこれまでも、日雇いの街で生きる人たちや性的少数者、認知症の高齢者など、ともすれば見過ごされがちな存在に絶えず光を当ててきた。本作では、さどヤンが暮らす「こっち側」には何もないが、淀川を挟んだ「あっち側」には林立する大阪・キタのビル群が広がる。そんなあまりにも象徴的な光景を、田中監督は何か言いたげに何度も何度も映し出す。

「さどヤンの生き方が決して“正解”だとは思いません。でも、生きることに窮屈さや息苦しさを感じている人には、何らかの示唆、啓示にはなるはずです。『人間の仕事は生きることや』と語るさどヤンの力強い言葉が、新型コロナウイルス禍の今、多くの人の心に響くことを願っています」

さどヤンが日々の出来事を記したノート「癒し空間 河川敷停留所」の最初のページには、こんな印象的な言葉がある。「一番下から見た世界、ホームレスのちょっとした臨場感が見えたらいいな…」

「淀川アジール〜さどヤンの生活と意見〜」は11月28日から大阪の第七藝術劇場、12月5日から神戸の元町映画館、12月11日から京都みなみ会館で公開。全国での上映は2021年春以降を予定している。

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