シルバーウィークで大勢の観光客が詰めかけた奈良公園。ですが、その喧噪が去った23日に目撃されたのは、座り込んで口から泡を吹き、よだれのようにダラダラと垂らしている苦しそうなシカの姿でした。
その姿を撮影し、やまない「餌やり」への怒りを込めてツイッターに投稿したのは、けものん(@kemonon_nara)さんこと、水本彩奈さん。元アイドルで奈良のシカに魅了され移住。今はシカの角の形をしたオリジナルカチューシャの販売や風情豊かな奈良の写真で地元をPRするほか、シカの保護活動にも精力的にかかわっています。
水本さんによると、このシカは胃に入ったものが上手く上に上がらないのか、反すうの様子が通常の鹿に比べておかしく、一目で異常だと気づいたといいます。すぐに、奈良のシカの保護活動を行っている「奈良の鹿愛護会」に連絡したものの、もし胃に何か異物が入っていたとしても、開腹手術などはできず「頑張って自力で吐き出すなど、シカの力にかけるほかない」(同会)といいます。
止まぬ「飢え」報道 “せんべい依存症”も「可能性」の話なのに…
シカは牛と同じように4つの胃を持ち、食べた草を何度も繰り返し咀嚼して消化する反すう動物。同会の蘆村好高事務局長によると、主食の芝生や草、葉などではなく、観光客らがあげたスナック菓子やパンなど人間の食べ物を食べてしまうと、お腹のバランスが崩れてべちゃべちゃの軟便をしたり、吐き戻したりするのだそう。特に、ごくわずかであっても、香辛料が入っているものは「大敵」だと指摘します。
奈良公園周辺では、コロナ以前から無責任な餌やりや、人間の食べ物のゴミをシカが舐めて味を覚えてしまったことでレジ袋などのゴミを餌と間違えて食べ続け、胃が圧迫されて栄養失調で死亡するシカが相次ぎ、問題になってきました。
それが、このコロナ禍で外国人観光客を中心に人出が激減したことを受け「鹿せんべいが食べられなくてシカが飢えている」というニュースやSNSの投稿が相次ぎ、同会はそのたびに「せんべいはおやつ。シカは飢えていません」と否定してきました。蘆村事務局長は「センセーショナルですし、痩せたシカの写真や映像を見れば『えっ』と思うんでしょうね。否定しても否定しても、また違う形で出てくる」と頭を抱えます。つい先日の「“せんべい依存症”のシカ」のニュースについても、「研究者の先生が言われているのは『依存症の可能性もあるかもしれない』という程度のもの。あの記事の写真のシカが依存症なわけでも、奈良のシカが依存症で痩せているわけでもない」とも…。
実際に、自粛期間中や夏の間も、パンくずや野菜くずなどをあげている―という情報が数多く寄せられたといい、車に近寄ってくるシカに車内からスナック菓子などをあげる人もいるといいます。「これは本当にやめてほしい。これからシカは発情期を迎え、交通事故が増えてくる時期なんですが、こんな餌やりをしてしまうとシカが車を怖がらずに寄ってきてしまい、事故を増やしかねない」と蘆村事務局長。さらに、野菜くずは「お菓子と違い、同じ植物だから」と思いがちですが、それを「餌」と認識したシカが畑や家庭菜園を荒らすといった被害も生じやすくなるといいます。
あくまで「野生動物」…怖いのは人間に近づきすぎること
「そもそも、奈良のシカは野生動物なんです。弱肉強食ですし、保護はしますが弱い個体は自然淘汰されていく。それが自然界。プラゴミを間違って食べたり寄生虫にやられたりして、激ヤセして見える個体もいます」と蘆村事務局長。「ニュースやSNSの投稿で痩せた個体に目が行きやすくなっているのかもしれませんが、全体を見ればそんな飢えているシカはいません。何度も言いますが…」と話します。
口から泡を吹くシカが目撃された23日、奈良公園周辺には多くのゴミが散乱していたそうです。
「『人が減って食べる物が無く鹿がお腹減らせて可哀想だから野菜や人間のものをあげる」っていうのは、『可哀想だからあげてあげた』という完全なる自己満足でしかありません。観光客だけでなく、地元の人も。玉ねぎまであげる人もいます。自分の愛犬などに知らない人がいきなりチョコレート食べさせたり、自分の赤ちゃんに誰かがハチミツ食べさせてたら怒ると思います。命に関わるからです。シカも同じなんです」と動画を投稿した水本さん。
「せめて新しく生まれる命やまだ軽度な鹿が安全に苦しむ事なく一生を終えてほしいと思います」