100年前から自転車産業が盛んだった大阪府堺市には、フレームに使われるパイプの加工をやる工場が多い。その中のひとつ、関西利工株式会社が、パイプの加工技術を応用して、新型コロナウイルスの感染の恐怖から、私たちの暮らしを守る製品を開発した。
その名は「もっとって」。
電車やバスなどの公共交通機関に乗って、空いている席がないとき、従来ならば吊革や手すりに掴まって体を支えていた。ところがコロナの流行によって、不特定多数の人が触れるものにはなるべく触わりたくないという人が増えた。しかし、どうしても触らざるを得ないときもある。そんなときに役立つアイテムが、この「もっとって」なのだ。
関西利工の代表取締役社長・中尾正典さんに、「もっとって」を発案したきっかけを聞いた。
「コロナの影響で、堺の町全体に活気がなくなって、まるで火が消えたように沈んでいました。飲食店は軒並み閉まっているし、外食もままならないのを見て、ものづくりの会社として何かできないかと考えたんです」
そんなときテレビのニュースで、東大阪市にあるプラスチック製品のメーカーが、ドアノブに手を触れずに開閉できるアイテムを開発していることを知ったという。
「こういうものなら、うちの技術を使ってできそうだと考えて、翌日には社員を集めて意向を伝えました」
関西利工は1941年創業で、パイプの曲げ加工をやり始めたのは戦後になってから。国内の自転車メーカー、建機、農機、住宅などに使われるパイプ部品の加工を手がけてきた。現在の中尾正典社長は2代目である。
電車やバスで吊革をもつのが怖いとか、エレベーターや自動販売機のボタンは誰が触っているか分からないし、自動ドアになっていないコンビニのドアに触りたくないという話は、中尾社長の耳にも届いていた。
「よーし、それなら直接触らなくて済むアイテムだから、名称は『さわらんとって』にしようと」
この「さわらんとって」をキーワードに、機能や形を考えた。しかし、奥さんからダメ出しがあったという。
「さわらんとってより『もっとって』のほうがいいのでは?」
かくして商品名は「もっとって」に決まり、銅製パイプを曲げ加工したS字型の試作品ができあがった。
それを社員さんたちに見せて意見を求めたところ、こんな意見が出た。
「S字型だと、ポケットに入れにくいのでは?」
試行錯誤しながら5―6パターンの試作を経て、ゴールデンウィーク明けには今の形に落ち着いた。
材料の銅パイプは直径12.7mm、肉厚0.8mm、長さ240mm。曲げ加工だけなら、1日に500本は可能だという。
材料に銅を選んだのは、科学的な根拠に基づいた理由がある。
「銅には抗菌抗ウィルス作用があるんです。たくさんの人の手が触れるドアノブを、わざわざ銅製にしている病院もあるくらいです」
そして両端にかぶせてあるビニールキャップは、同じ大阪府内の泉佐野市にあるメーカーに製造を依頼した。中尾社長が国産にこだわったのだ。
「200個ほど近所の人たちに買っていただいて、使ってみた感想を聞いています」
評判は上々で、口コミで知った人が手土産を持参して「あれ(もっとって)、ひとつ分けてぇな」と買いに来てくれたり、すでに買ってくれた人から「こういうものを待っていたのよ」と感謝の手紙が届いたりしたという。
緊急事態宣言が解除され、娯楽施設の営業自粛要請も解かれた。
「でも、これで終わりじゃないんですよね。これから人がたくさん動き出すんです。そのとき必要なアイテムになります」
堺生まれの堺育ち。堺の町を愛してやまない中尾社長は「大好きな堺の町を、ウィルスから守る一助になりたい」と、「もっとって」のさらなる改良に取り組む。子供の手にもなじむように、ひとまわり小さいタイプも計画中だ。
「もっとって」は1本1180円。お問い合わせは関西利工株式会社まで。
■関西利工WEBサイト http://www.kansairiko.com/