バリ島で犬や猫の保護活動をしている加納さんは、現地の家族が飼育放棄した母犬と、その子犬に出会う。飼い主は、犬好きの子供の遊び相手にと犬を飼ったが、経済的に困窮していて、きちんと面倒をみる余裕がないという。加納さんは5匹の犬を保護して飼っていたが、飼い主から1匹の子犬を託された。
飼育放棄された母犬と4匹の子犬
インドネシアのバリ島で犬や猫の保護活動を個人でしている加納さん。2017年11月、犬の散歩をしていると、道のど真ん中にやせ細った母犬と4匹の子犬がいた。子犬は、まだ手のひらに乗せられるほど小さかった。
近所の人に誰の犬なのか聞くと、母子5匹とも同じ飼い主が飼っているが、ほとんど飼育放棄をしていて、いつもお腹を空かせている。以前にも、同じ母犬が子何匹か子犬をお産んだが、みんな亡くなってしまったのだという。
母犬にも子犬にも何千何百という、数えきれないほどのダニに覆いつくされ、ノミがたかっていた。特に耳の中がひどく、すき間がないほどにびっしりダニが寄生していた。飼い主が見当たらなかったので、加納さんは近所の人の手を借りて、できる限りダニを取り除き、その日から毎日、ごはんと水を運んで様子を見守った。
日本人から見ると楽園という印象のあるバリ島だが、一般市民レベルでは非常に貧しく、このような話が後を絶たないそうだ。
経済的余裕はないが、犬は子供の遊び相手
数日後、加納さんは飼い主に会って話をした。
「経済的に5匹も飼育する余裕がない。自分は犬が好きじゃないが、小学生の子供が犬好きなので遊び相手として飼っている。ノミやダニがついた身体を触るのも気持ち悪いので、放置した」と打ち明けられた。
いままで幾度となく似たような話を現地の人から聞いてきた加納さんは、驚きはしなかったが、それでもひどく落胆した。
「家の外観から考えても、貧しいのは一目瞭然。本人もどうすればいいのか分からないのだと思いました」
加納さんが、「飼うからにはきちんと面倒をみてあげてほしい。こんなに虫がたかっていて、かわいそうだとは思いませんか」と訴えると、飼い主は、「なんとか4匹は面倒を見る。一番小さくてハゲている子だけ引き取ってくれないか」と言った。
天からも愛されるように
加納さんは、既に5匹の犬を保護して飼っていた。「うちには、5匹も犬がいるんですよ!」と言いながらも、弱々しい子犬を前に飼わないという選択肢はなく、とにかく連れ帰ってきれいにした。残る4匹の駆虫薬を飼い主に渡し、「これ、高いんだからね!」と、あえて恩着せがましく言ったという。飼い主には、今後4匹の面倒をきちんとみることを約束させた。
加納さんのご主人は、「天からも愛されるように」と、子犬を「てんちゃん」と名付けた。
てんちゃんのことを先住犬たちは可愛がった。ごはんをもりもり食べ、毛の艶もよみがえった。
「散歩の時にすれ違う、鶏やアヒルや牛に一丁前にケンカを売るほど、元気にすくすく育ちました」
寝ているご主人の胸の上でうつらうつら眠るのが、てんちゃんの楽しみ。毎晩、その特等席を占拠し、他の犬たちに嫉妬されているそうだ。
大好きだったらんちゃんの分も幸せに
加納さんは、残る4匹の面倒を見るように飼い主に約束させたが、その約束が守られることはなかった。
十分なケアを施されることなく、母犬と3匹の子犬は次々病気で亡くなった。加納さんは、そのたびに保護して治療を受けさせたが、残念ながらみんなの最期を看取ることになったという。
最後に看取った犬は、らんちゃんという女の子だった。
「らんは、落ち着きのある賢い子だったのですが、2匹は、いつも行動を共にしていました。てんがらんに甘えていて、らんがお姉さんという感じだったんです。一緒に過ごした時間は、とても短かったのですが、らんもまた私たちの大事な家族の一員でした」
てんちゃんには、大好きだったらんちゃんの分も幸せに生きてほしい。ずっと元気で長生きしてほしいと加納さんは願っている。